クリスティ
『スリーピング・マーダー』を範とした《回想の中の殺人》テーマの作品。
小学生時代に起きた女教師の殺害事件を、30年ぶりに
再会した同級生の女性と探っていく、といった物語です。
作中では30年前の事件を巡り、議論が重ねられていきますが、その度
に、各人の記憶違いや、思い込みがあぶり出されていくことになります。
ところで、人間の記憶の確実性を大前提とする本格ミステリという特殊ジャンルにおいて、
記憶の恣意性や曖昧性をテーマにすることは、作者自身も述べているように、自己矛盾
であり、その試み自体が、大きな恣意性に依拠した危ういものです。
したがって、本作を読んで、登場人物たちが、殺人事件といった重大な事柄にまつわる
情報を間違って記憶していることに違和感を覚えたり、ご都合主義だと感じる読者がいる
のは、至極当然だと思います。
ですから、いっそ本作は、「特殊ルールが支配しているゲーム的
空間」と割り切ったほうが、誤解がなくていいかもしれませんね。
その前提に立てば、作品世界内での因果関係の整合性は保たれていますし、
事件の真相も、結末できちんと提示されています(そのあたり、同様のテーマ
を扱うことが多い恩田陸氏が、
オープンエンドの幕切れを採用するのと対照的
で、両者の作風の違いがうかがえ、興味深いです)。
前述したように、本作の設定は、若干人工的ではありますが、その一方で、
記憶は〈常に現在に於ける本人の思い込みが投影される〉ものであり、他者
の影響で容易に変異する流動的で相互認識的なものであることは、紛れも
ない真実です。
そのことを踏まえ、自己を省みた時、きっとどこかに、都合良く消し
去った記憶を眠らせたままにしてるんだろうなあ、と思えてきます。