書店で「読んだ後に表題を確かめたくなるでしょう…」というようなPOPに釣られて手に取った本がこの「夏の吐息」でした。
著者の作品を読むのも初めてです。
短編6本300頁ということで、時間に囚われずに都合のよい時に読めそうだったことも購入動機のひとつでした。
そして1本目、2本目と短編を読み終え、3本目の「パロール」を読み終えたとき「愛とは何なんだろう」という今まで漠然として体系付けられなかったものが実体を得たような感覚をおぼえた。
本文から引用すると「異性に向ける愛も肉親に向ける愛も、飼っている動物に向ける愛も、全部つながっててね、一つの世界を作ってる」。
私の年齢は平均的な寿命だったとしたら、往路を折り返して幾らか走ったくらいです。
この間、沢山恋愛をした一方で、切ないことが幾つかあった。
そんな自分の経験から、恋愛は生活していく中で本物の愛に昇華する。
だから愛というのは生活の中にこそあるものなのだろうと考えていた。
俗に言う家族愛だ。
ところが、実体験ではどうにも説明できない愛の存在を認めざるを得ないときが間々ある。
この感覚は何なのだろう?
その欠片をこの短編で見つけたのです。
烏滸がましくもレビューで何かが伝われば幸いです。
6本全でにおいて写実や構成は巧みながら、他の5本については「パロール」ほどの衝撃はなく★★★。
「パロール」だけだったら★★★★★なのですが、間をとって評価は★★★★とします。