カフカは、この作品が出版される際に、「表紙に毒虫の絵は描かないでくれ」と注文したという。
「毒虫」は、あくまで「疎外される者」の象徴である。
いつの時代、どの場所にも「毒虫」はいる。
社会的に疎外される者と、彼らを身内に抱える家族。
「家族だから」と庇護する気持ちと「邪魔だ」と疎んじる気持ちは、矛盾しているように見えるけど、きっとどちらも本心なのだろうと思う。
最後、グレーゴルがいなくなった後、リセットされたかのように晴れ晴れとした気持ちで、娘の将来に期待をよせるザムザ一家。
その未来には、「毒虫」の存在は欠片も残っていない。
この話は説明はなく、オチもない。
しかしだからこそ、その丸投げっぷりと残酷さは、ひどく現実的に思えてならない。