最初、この本の表題はよく短編集などにありがちな“壊れかた指南”なる短編が収録されていてそのタイトルが採用されたのだと思っていた。
だがそうではなく、この本に収められてる作品がそれぞれが“壊れかた指南”だったのではあるまいか。
本を読み終わった後はそんな印象を持つ。
なぜ「壊しかた」ではなく「壊れかた」なのか。
それは中の作品が破壊的に描かれてるのではなく、最初からどこか「壊れた」感じを伴って描かれているからではなかろうか。
もちろんこの「壊れた」というのは作品の完成度ということの意味ではなく、なんでもいいが、例えば外的な出来事と心的出来事の区別が壊れた感じとか、常識が「壊れた」感じとかそういったものである。
私はこの短編集でその「壊れかた」具合を楽しむことができた。
お気に入りは「虎の肩凝り」で、これにはかなり笑った。「逃げ道」はなにかほろ苦い気分が生まれる余韻の残る一篇。