フランスを代表する幻想作家エイメの代表作を納めた傑作集。童話作家シャルル・ペローに傾倒した事で、彼は大きな影響を受けます。幻想作家とは言っても、おどろおどろしい怪奇の味は全く無くて、人々に夢と希望を与える愛すべき作風と言えます。本書に納められた作品の大部分が、冒頭で退屈な日常に倦み疲れた主人公が、ある日突然に魅力的な能力を獲得するといった導入部となっています。
表題作『壁抜け男』:壁を通り抜けられる事に気付いた男は、嫌いな会社の上司を驚かせて悦に入り、銀行強盗になり〈狼男〉と名乗って世間の注目を集めます。悪気はないのですが調子に乗り過ぎた男に、やがて悲しい結末が訪れます。
『サビーヌたち』:自分の分身を作れる才能を持つ女性サビーヌが、夫を持つ身でありながら、ふと或る青年に恋をしてしまった事から展開していく奇想天外な物語。
『七里の靴』:全編中最も童話に近い作品で、貧しい母と息子が奇妙な古道具屋で見つけた、履くと一跳びで七里行く事が出来るという靴を手に入れるまでを描く。息子は物語の途中で靴を使って盗みを働こうと夢想しますが、実際に夢が叶った時に、かけがえない善意の贈り物を与えられるのが、ほっとして一際感動的です。
『パリ横断』:この作品のみ他とは別の設定で、現実の戦時下のパリで若者たちに起こった悲劇を扱っています。厳しくて苦い結末で、戦争の最中では恐らく起こったであろうと思わせるリアリティを感じさせられ、実人生の不可解さに迫る出色の出来です。
全七篇、作者の描く特異な世界にぐいぐいと惹き込まれ、暫し夢に酔って心地良い時間を過ごさせてくれる至福の一冊です。