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墓標なき草原(上) 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録
 
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墓標なき草原(上) 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録 [単行本]

楊 海英
5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

他に先がけて文革の火蓋が切られた内モンゴルでは、かつて日本時代に教育を受けた者たちが、「内モンゴル人民革命党」一派として粛清された。さらに階級闘争論によって、漢族による草原の開墾とモンゴル族の迫害が正当化され、家畜と遊牧地は奪われ、モンゴル人への殺害がエスカレートしていった。戦慄の悲劇を招いた内モンゴルの文革。その要因と拡大化の実態を、体験者の証言を軸に克明にたどる。対日協力者はなぜ民族分裂主義者に仕立てられたのか。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

楊 海英
モンゴル名オーノス・チョクトを翻訳した日本名は大野旭。1964年、内モンゴル自治区オルドス生まれ。北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。89年3月来日。国立民族学博物館・総合研究大学院大学博士課程修了。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 単行本: 276ページ
  • 出版社: 岩波書店 (2009/12/18)
  • ISBN-10: 4000247719
  • ISBN-13: 978-4000247719
  • 発売日: 2009/12/18
  • 商品の寸法: 19.2 x 13.6 x 2.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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By 閑居人 トップ100レビュアー
形式:単行本|Amazonが確認した購入
NHK・BSに「心の旅」というシリーズがあった。偶々眼にしたものは、少年時代を内モンゴルの日本人居住地域で送った初老の作家の物語である。彼は、中国化されて、共産党の政治スローガンの掲げられた集落や、微かに記憶のある草原を歩き、父母と過ごした戦前の日々を回顧する。そして、最後にクライマックスが訪れる。二度と会えないと思っていた幼き日のモンゴルの友人が現れるのである。思わず、あふれ出る涙。涙。抱き合う二人。「日本は二度と侵略しない」と誓って、番組は終わる。これまでの例から言えば、この「友人」は党が選抜した優秀な演技者・証言者である。外国メディアに対する常套手段である以上、NHKの担当ディレクターが知らなかったことはありえない。むしろ、担当者は演出に必要な作家の個人情報を流している。こうした作為まで、「日中友好」だと考えている可能性がある。
「内モンゴル」「ウイグル」「チベット」。中国共産党に解放された喜びの表情。熱烈な毛沢東万歳。中国に取り込まれ、便宜を与えられた平山郁夫が描いた、少数民族世界に於ける貴族たちの奴隷虐待とそれを解放する健康で清潔な八路軍兵士たち。
だが、国共内戦、人民公社化運動、反右派闘争、文化大革命の間に中国全土に起きたことが、「内モンゴル」や「ウィグル」「チベット」で起きなかったとしたら、それはまことに奇妙なことだ。しかも、内モンゴルはかつて日本が勢力圏にしていた地域であり、日本語教育によって高度に知的なモンゴル人たちが住んでいたところなのだ。
楊海英氏は、「内モンゴル」に起きた文化大革命における漢民族のモンゴル人大虐殺の記録を掘り起こす。氏は、「まだ、平静にはなれないのだ」と断りつつ、内モンゴルに起きた事件の数々と数万人の死者の記憶を、あふれ出る涙を抑えつつ、抑制された声で語り伝えようとする。
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47 人中、40人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
日本在住の内モンゴル(南モンゴル、と呼ぶべきでしょうか)出身のモンゴル人研究家が日本語で書いた本書では、清末からすでに中国化が進んでいた内モンゴル中部に比べて、満洲国領だった内モンゴル東部(ホロンブイル)出身のモンゴル人たちが、日本人による高等教育を受けており知的水準が極めて高かったこと、彼らが日本の敗戦後にいち早く立ち上がりモンゴル人民共和国との合併を求めたことが、証言者からの聞き書きを元に語られています。

しかしながら「ヤルタ秘密協定」という大国間の線引きにより、内モンゴルが中華民国に帰属することが決められていたため、ソ連の傀儡であったモンゴル人民共和国に拒絶され、さらに八路軍の後方支援地帯であったことから、国民党支配地域からも分断され、脆弱な軍事力しか持たなかった中国のモンゴル族は、やむなく共産党中国と歩みを同じくすることになります。ソ連が自国内のブリヤート・モンゴル人がモンゴル人民共和国への併合を求めることを恐れたのも、原因の一つでした。

彼らを待ち受けていたのは「日本の特務、分離主義者」という断罪でした。さらに悲劇的だったのは、スターリンの死によって始まった「中ソ論争」でした。ソ連と一触即発の状態になった共産党中国は、ソ連と衛星国であるモンゴルが北京に攻め込んでくることを恐れました。北京はモンゴル高原から数時間の位置にあり、戦争が始まれば最前線となることから、モンゴルの同胞と呼応する可能性のあるモンゴル族に対する粛清、弾圧が始まりました。

その弾圧はさらに中ソ論争を通じて再び実権を握った毛沢東の「文化大革命」という大きな波と呼応し、さらに規模の大きなものとなりました。犠牲者の数は今日でも全貌を知ることはできないのですが、控えめな数字でも2万人が命を落とし、その10万人が身体障害者となったと考えられています。政治的に身分を剥奪された数はさらに多いといえます。拷問の内容については、ここでは詳しく触れませんが、生殖器を破壊するなど非道な物が多く見られました。中国で語られている「日本軍の非道行為」と非常によく似ていることが、示唆的であると思う方は多いでしょう。

現在人口600万と言われる中国のモンゴル族からすれば、2万人の死者は少ないと言えるかも知れません。それでもモンゴル族の心に、漢族に対する消えない不信感を残したことは確かです。叛乱の鎮圧ではなく、無抵抗の民衆に対する弾圧としては決して少なくありません。

なお、国境の向こう側のモンゴル人民共和国でも、親ソ政権による大規模な粛清があったことが知られており、数では中国側のそれを上回るでしょう。
この事件をどう捉えるかは人によって異なると思います。満洲国が理想の楽園だったと言うつもりはないし、日本人による搾取は否定することはできませんが、少なくともそこでモンゴル人をはじめ、諸民族は静かに暮らすことができました。中華民国の体制の下でも、少なくとも少数民族に対するジェノサイドは起こりませんでした。

日本軍が中華民国との消耗戦という泥沼にはまり、お互い兵力を大きく損失させ、共産党という本来無力だった勢力を成長させる余地を作ってしまったことが、日本が引き起こした戦争の最大の失敗だったのかも知れません。そして、満洲国内の内モンゴル人や、徳王配下の内モンゴル人たちは、撤退する日本軍から見捨てられたことにより、過酷な運命をたどることになったのです。

もし日本軍が中華民国と戦っていなければ…歴史はどのような結果を招いていたでしょうか。少なくとも中国共産党は早晩消滅していたでしょう。独立はできなくとも、中華民国体制の下で、モンゴル人もチベット人もウイグル人も静かに暮らし続けられた可能性は否定できません。
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24 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
『墓標なき草原(上・下)』楊海英 岩波書店 2009年12月18日

 漢民族の凄まじいまでの内モンゴルでのモンゴル人の殺戮の日本統治時代が終わった後から文化大革命までの記録である。民族の自決を謳い、民族の共存を標榜したスロ−ガンとは裏腹に中国共産党の下での内モンゴルでのモンゴル人の弾圧の記録でもある。中国共産党の漢民族の支配はチベット、ウイグルに限らず内モンゴルでも行われたことを我々に知らしめてくれる。
 これまで文化大革命は漢民族の間で毛沢東の権力奪回を目的とした階級闘争として語られてきた。しかし、文化大革命は少数民族の間で最も過酷だったと言われているが、それを明確にした記録が明らかにされてなかった。その意味でこうした事実が明白にされたことに本書のもう一つの意義がある。そして少数民族への弾圧は何も文化大革命のみではなくそれ以前の中国共産党の支配から始められていたことを明らかにしたことがもう一つの意義である。
 この書については異議もある。それは「はじめに」と題する部分で『近代日本がモンゴル人の草原に触手を伸ばしたがゆえに、モンゴル人の領土が中国に占領されたのである』という部分(3頁)には異議がある。日本がモンゴル人の草原、つまり満州などを支配したのは事実であるが、それがために中国が内モンゴルしたのではない。日本なくしても中国は内モンゴルを占領したのである。筆者はチベット、ウイグル、旧満州の朝鮮自治州の漢民族による支配と民族浄化を見ていない。漢民族の中華思想に基づく覇権主義こそが他民族の支配を生んできたのである。その意味では筆者の分析は甘い。
 なお、日本統治時代には内モンゴルには近代化が図られ内モンゴル人の知的水準の向上をもたらしたこと、中国とは異なり殺戮もなく人々が平穏な生活を送っていたこと、が本書でもこのことが指摘はされているが、もっと強調されてよい。こうした点にも筆者の日本に対する偏見が感じられる。
 これらのことを除いても本書は中国共産党(中国共産党というより漢民族と言った方が正確と思われる)の少数民族の弾圧と殺戮を理解させてくれる意味で貴重なものである。
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