現在の日本史学それも中世史研究にあって「境目」の意味を問うことは最早常識的な見解であるが、この問題にいち早く着目したのが1982年度歴史学研究会大会報告で行われた「中世民衆の皮膚感覚と恐怖」と題する若き日の黒田日出男氏だった。当時日本史学界では「黒山の黒田さん」として以前から「境界」の意味に着目してきた氏の提言がにわかに注目を集めるのはそれから間もなくの事である。
「境」とは単なる空間的な境目を指すだけの指標ではない。境によって隔たれた空間、たとえば寺社の門を挟んでの向こう側とこちら側では明らかに異質な世界が広がっている。いわゆる「アジール論」とそれを支えていた意識の問題であり、それと同時に身分秩序とそれを示す指標から中世社会を再構築したら何が見えてみるかとの「国家論の再検討」への新たな段階を切り開く端緒ともなっている。網野善彦は「縁」という概念でそれを括った。縁を切るとは俗世での関わりを絶つことであり、俗世と切り離された空間に身を置くことでもある。その空間を聖域もしくはアジールと呼ぶ。ここは俗世の規律である「法の支配」や「権力」が通用しない特殊な世界である。
こうした点でいえば、日本の歴史学研究はネグリの『帝国』やトッドの『帝国以後』より以前に新たな国家論を模索していたともいえよう。お堅いことで知られていた東大出版会が刊行する書物が、ここ数年の間に鮮やかな変貌を遂げていることも確かである。それもセンセーショナルなタイトルなど付けずに地道な研究に基づくことで新たな知見を世に問う姿に好感を覚えてしまう。
黒田氏はその後史料編纂所の所長を務める一方で画像史料解析センター長としても「画像としての歴史資料研究」を積極的に推進している。戦後の歴史学が辿ってきた系譜をオーソドックスに享受しつつ今も尚新たなパースペクティブを切り開き続けるお姿からは「早くバトンタッチしたいけれど、若い者にはまだまだ負けない」との意地も伝わってきそうで忸怩たる思いに駆られるだけである。