Would you like to see this page in English? Click here.


または
1-Clickで注文する場合は、サインインをしてください。
または
Amazonプライム会員に適用。注文手続きの際にお申し込みください。詳細はこちら
こちらからも買えますよ
この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
基礎情報学―生命から社会へ
 
イメージを拡大
 
Kindle化リクエスト
このタイトルのKindle化をご希望の場合、こちらをクリックしてください。

Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら

基礎情報学―生命から社会へ [単行本]

西垣 通
5つ星のうち 3.8  レビューをすべて見る (9件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 2,625 通常配送無料 詳細
o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o
4点在庫あり。(入荷予定あり) 在庫状況について
この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。 ギフトラッピングを利用できます。

会員なら、この商品は10%Amazonポイント還元 (ポイントが表示されている場合は、表示ポイント+10%還元)。

キャンペーンおよび追加情報


よく一緒に購入されている商品

基礎情報学―生命から社会へ + 続 基礎情報学―「生命的組織」のために
合計価格: ¥ 5,250

選択された商品をまとめて購入


商品の説明

メディア掲載レビューほか

基礎情報学
 科学や工学,あるいは社会学の見地から研究テーマとなっている情報。そうした研究のベースとなる「基礎情報学」を論じた書である。情報が受け手にとってどのような意味を持ち,作用するか,そして情報の意味がいかに伝達されるのかを考察している。情報を生命情報,社会情報,機械情報に分類し,情報の意味が生まれ,伝播し,捨てられていく過程を問う。ヒトを生物としてとらえ,生命情報から出発しているのが特徴だ。今後のインターネット・コミュニケーションについての考察が興味深い。


(日経バイト 2004/06/01 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
-- 日経BP企画

内容紹介

  情報工学と社会情報学の間をつなぐ架け橋としての「基礎情報学」。本書は、情報およびそれを支えるメディアを統一的・体系的に考察する。基礎情報学は「生物とはいったい何か」という問い直しから出発し、「社会システム」へとテーマを展開していく。  パソコンやインターネットの急速な普及により、いまや、あらゆる学問分野がITベースに組み替えられている。21世紀は情報学の時代だという声も、あながち誇張ではない。既存の諸学問分野をIT利用を前提として並列的・表面的につないだだけの概念ではなく、「情報から出発する思考」のもつ、本質的な意義と限界線を探ろうとする意欲作!

登録情報

  • 単行本: 235ページ
  • 出版社: NTT出版 (2004/02)
  • ISBN-10: 4757101201
  • ISBN-13: 978-4757101203
  • 発売日: 2004/02
  • 商品パッケージの寸法: 21.2 x 14.8 x 2.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.8  レビューをすべて見る (9件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 97,063位 (本のベストセラーを見る)
  •  カタログ情報、または画像について報告

  • 目次を見る


カスタマーレビュー

最も参考になったカスタマーレビュー
7 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0 勉強になるわ〜 2011/4/16
By Yuichiro トップ500レビュアー
形式:単行本|Amazon.co.jpで購入済み
 「基礎情報学」とは、「そもそも情報とは何なのか」を明らかにしようとする基礎研究という意味である。C.シャノンを始祖とする従来の情報学の枠組みでは、「意味解釈」の問題をおおよそ捨象した「機械情報」(解釈の余地のない抽象的なパターンとしての情報)しか扱われてこなかった。西垣はこれに異を唱えて、生物と機械の違いを明確にした上で、「生命体にとっての情報」を中心に据えた情報学を打ちたてようとする。
 生物と機械の違いを説明するために導入されるのは、生物学者のH.マトゥラーナとF.ヴァレラによって70年代に提唱された「オートポイエーシス理論」だ。ただ、オートポイエーシス理論自体は刺激的な仮説なのだが、西垣の「基礎情報学」においてそれが情報理論へとうまく接続されているとは言い難いので、西垣の生命‐情報モデルについての詳しい説明はここでは省いておく。
 (※ オートポイエーシス理論そのものについては、河本英夫という日本の代表的研究者やマトゥラーナ&ヴァレラの著作を読むべき。)

 というか、オートポイエーシスなど持ち出さなくても理解できる内容がほとんどだ。西垣が繰り返し強調するのは、「そもそも情報は伝わらない」ということである。情報は、「小包のような実体で、スポンと自分の心のなかに入ってくる」ようなものではなく、受け手の解釈によってはじめて意味を持つ。だから、記号表現とそれが指し示す意味内容の対応規則(コード)が、あらかじめ送信者と受信者の間で正確に共有されていない限り、「情報を伝える」ことはできないのだ。したがって、たとえば一種の権力作用によって「斉一な意味解釈のためのコード」を人々に強制しなければ、そもそもコミュニケーションを始めることができないのである。
 ということは、物理的パターンとしての機械情報を伝達・蓄積・検索する技術力がいかに進歩したところで、人間のほうの解釈能力が追いつかなければ、大した意味はないということである。また、解釈のコードが(共同体の慣習的秩序などによって)適切に共有されていなければ、行き交う情報が増えれば増えるほど相互「誤解」が深まるということにもなりかねない。
 だから、IT革命によって可能になることがあるとすれば、それは、マスメディアが提供する平板で画一的なコードの支配の下での多数の人々とのコミュニケーションか、あるいは、コードが共有可能な相手と話題のみに限定したタコツボ的、オタク的なコミュニケーションのいずれかでしかない。

 そこで西垣は、巨大なデータベースやその検索システムを構築することよりも、数人から数十人程度の人間組織のコミュニケーション活動をサポートするようなシステム――「グループウェア」――を開発することに力を注ぐべきであると主張する。コンピュータは、あくまで人間が行う創造的な作業のために「場」を提供するに留まるべきであるということ、そして、個人レベルでも地球レベルでもなく、「メゾ(中間)レベル・コミュニケーション」と西垣が呼ぶ、数名から多くても数十名規模の集団の協働のなかでこそ、真に創造的な作業が可能になるというのが主張のポイントである。

 西垣のこれらの主張は、実践的な示唆に富む有意義なものだ。しかし問題は、西垣が「生命と機械の違い」にこだわり過ぎて、人間とその他の生物の違いを過小評価しているということである。
 「情報とは、『それによって生物がパターンをつくりだすパターン』である」、「生命体の生存にとって有用であるもの、重要であるものが『意味』なのである」と西垣は言う。また西垣は、情報の根源は「機械情報」ではなくあくまで「生命情報」(個々の生命体の存続にとって重要な刺激)なのであり、「機械情報」中心に起こっている現代のIT革命は、人間を機械化してしまうと繰り返し注意を促す。しかし、人間のためのIT社会論を組み立てるのであれば、やはり「生命情報」ではなく「人間情報」を論じなければならないだろう。
 必要なのは、人間が他の動物とは違って随所に「矛盾」を孕むような情報システムを持っていること、そして「矛盾」を前にして「不安」を感じながらも、「決断」を通じて「価値」の世界へと身を開いているのだということに着目して、情報社会を論じる枠組みを作り上げることだ。こうした「矛盾」や「不安」、「決断」や「価値」といったものは、「情報の意味解釈」が人間とその他の生物に共通の営みとして描かれるため、西垣の理論のなかではうまく扱われていない。

 しかしそうは言っても、情報技術に関するかなり多岐にわたる論点が登場するし、セクションごとに西垣が論じている内容のそれぞれが実践的な示唆に富んでいることは確かなので、読んで損はないだろう。
このレビューは参考になりましたか?
22 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0 いい風呂敷をひろげてます。 2004/6/29
By 露丸
形式:単行本
システムの創発現象を捉えるときに、オートポイエーシスと生命記号論という組み合わせは相性がいい。
現象学的な視座に立つ場合、要素間のコミュニケーションを記号論的に捉えることは重要。
そういう意味で自論を展開するまで(シャノン批判、オートポイエーシス、生命記号論、ルーマン社会学の導入)は、非常にいい論調で進んでいく。

しかし、最終的な自論としてのマスメディア論に入ると、少し逸脱し、どうも広げた風呂敷とうまく絡め切れていない。また、シャノン&ウィバーの情報理論を越えた情報の基礎付けは出来ていない。記号論の紹介をした程度。

予備知識が無いと読むのはしんどいかもしれませんが、価値はあります。久しぶりに面白い本でした。

予備知識としてはホフマイヤーの生命記号論、マトゥラナ&ヴァレラの知恵の樹、あたりを読んでおくと大体わかるのではないでしょうか?
ルーマンについてはかなり十分に本書内で解説されています。

このレビューは参考になりましたか?
15 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By mori夫
形式:単行本
生命とは何か? 生きているとはどういうことか? 物質と生命はどのような関係にあるか? こういうことを考えている知の探究者にとっては、本書は必読の書です。

「情報の本質は、生物が主観的に内部形成する「生物にとっての価値」を表すものであって、外部世界に客観的に存在するものではない。」

筆者が力説するこの説は、もっともっと世界中に広まるべきでしょう。それによって生物も人間も「機械的システム」ではないということがわかり、現代人はニヒリズムから救われるでしょう。

本書の62ページから引用します。

いま生命体がたまたまある情報(パターン)に遭遇したとしよう。過去の体験つまり習慣からすると、その情報は意味があるかもしれないし、あまりないかもしれない。解釈者たる生命体は、そこで一種の選択行為をおこなうことになる。具体的には、捕食行為だったり、逃避行動だったりする。「複数の選択肢のなかからあるものを選ぶ」という行為が、意味解釈なのである。実行した選択行為が生存に有利であれば、その解釈者は生き残るであろう。同じ情報(パターン)に対して同じ選択行為を繰り返し、子孫を残すことができるであろう。その情報(パターン)と該当する選択行為とは一体となって「意味内容」を構成し、種(遺伝的集団)のレベルではやがてゲノムにも反映され、世代をこえて継承されていく。

実に大胆な言葉です。「意味内容」がゲノムにも反映されていくというのです。生物は利己的遺伝子の乗り物ではない。生命が遺伝子を変えていくのです。主体は生命のほうにあるのです。生物とは「価値」を生み出す存在なのです。私はこれが科学的に証明される日を待ち望んでいます。
このレビューは参考になりましたか?

クチコミ

クチコミは、商品やカテゴリー、トピックについて他のお客様と語り合う場です。お買いものに役立つ情報交換ができます。
この商品のクチコミ一覧
内容・タイトル 返答 最新の投稿
まだクチコミはありません

複数のお客様との意見交換を通じて、お買い物にお役立てください。
新しいクチコミを作成する
タイトル:
最初の投稿:
サインインが必要です
 

クチコミを検索
すべてのクチコミを検索
   
関連するクチコミ一覧


リストマニア

リストを作成

関連商品を探す


フィードバック


Amazon.co.jpのプライバシー ステートメント Amazon.co.jpの発送情報 Amazon.co.jpでの返品と交換