「坂の上の雲」に出てくる秋山真之はバルチック艦隊とともによく知られているがこの石光真清の名を知っている人は少ないだろう。同じ明治元年(1868)生まれで同じ軍人の道を歩き日露戦では同じ少佐で従軍した。二人は明治という近代日本の歴史舞台の表と裏を生きたのではないか。そして二人とも誠実であった。この手記は年代順に4編に分かれた構成。手記ではあるが時代を超えた伝記小説としての興奮をもたらす。
石光真清は昭和17年まで生きたがそれはまさに時代が歴史を刻むのに歩をあわせた生涯であった。明治維新の動乱とその後の富国強兵策、そして大陸への進出と日清、日露戦役に見る人の世の移り変わりは「坂の上の雲」にも詳しいがこの石光真清の手記もまた編者のいうとおり身をもって日本近代の歴史を前者に劣らず語ってくれる。ともあれ焼却されんとしたこれらの膨大な資料を良く纏め上げた編者(長男真人氏)の労に感謝したい。
「城下の人」は題のとおり細川藩士産物方頭取石光真民の次男として熊本城下に待望されて生まれたところから始まる。やがて西南の役が始まり城下の住人として戦火に巻き込まれてゆくが、子供の目を通した新旧の戦いの様や風俗の変化が新鮮だ。樺山資紀、児玉源太郎、野田豁通などその後の歴史上の人物も出てきて興味が尽きない。その後畏敬する慈父を亡くして東京に出るが幼少年期の親子、家族、人々への情愛は手記全編を貫いている。
明治16年陸軍幼年学校入学。同22年士官学校を卒業し近衛歩兵隊の少尉で任官。28年日清戦への出征があるがその直前、兄真澄急死の知らせの場面は切ない。その後台湾での長く苦しい掃討作戦に従事して危うく帰国。29年に結婚。多くの人との邂逅と別離がある。32年休職しやがてその後の人生を大きく変えるロシア留学(その後の諜報活動準備)の途にのぼる。いよいよ大陸での波乱万丈人生の開始だ。