一気には読めなかった。
ひとつひとつの登攀の記録は短い言葉で淡々と書かれているけれど、重く心にのしかかってきて、
高所の薄い空気が私を包んでいるかのような錯覚に陥りました。
物語や旅エッセイを読むように軽やかにページをめくることができなかったです。
「凍」のように一気に読むこともできなかったです。
一章を読み終えるたびにフーと深いため息がでてしまう。
それはどうしてなのかって考えました。
人を寄せ付けない山とそれに挑んだクライマーしか知らないはずの出来事を、
こうしてクライマー自身の起こした文字で読むことで、
私は目撃者になってしまったということだろうと思います。
なんという世界をみてしまったのだろう。
第7章ではページを繰る指先が、少し震えてしまいました。
当事者以外の人の言葉で語られる出来事というのは
やっぱりどこか浮世離れしていて、遠い世界での出来事にしか思えない。
同じ言葉でも、台詞めいて聞こえてしまう。
どんなに恐ろしい状況でも、当事者ではない著者が語ることで
読み手は著者の背中越しにそろ〜っとその怖い状況を垣間みるだけで済む。
でもこの本にはそういう部分が全くない。
嘘の香りも誇張の香りも全くしない。
自分自身を大きく見せようとしないクライマーの性格がよく見て取れる文章でした。
私が山野井さんを知ったのは「ソロ」が山渓で連載されていた時です。
そう年齢もかわらないのにすごいことしてる人がいるんだな、と。
この本で私はその「すごいこと」の目撃者になってしまったのです。