「まことに小さな国が開化期をむかえようとしている」
黒い画面に渡辺謙さんの声が響き、続いて映し出された百年前の日本人の姿……
3年前初めてこのドラマに出会った時の感動は今も胸に鮮やかです。
始まりがあまりにも素晴らしいものであっただけに、このドラマが果たして、
その冒頭部にふさわしい締めくくりを迎えられるかどうか、かえって心配になったものでした。
どこかで息切れしやしないだろうか。良かったのは最初だけということになりやしないだろうか。
まさに、わが子の成長を見守る思いでドラマに寄り添ったこの3年間でしたが、
幸福なことに私の思いは裏切られることはありませんでした。
第3部の出来栄えは出色のもの。
近代の戦争を描写した作品としては、映画、TVを問わず、過去のわが国のどのような映像作品をも凌駕した傑作中の傑作となり得ていると思います。
ひとつ間違えば狂信的な響きを帯びかねない愛国心、あるいはナショナリズムというもの。
このやっかいではあるが実は大変大切なものを、
ドラマ「坂の上の雲」は、TVという媒体に許される限界ギリギリのところで、絶妙に描いてみせたと思います。
果敢な戦闘シーンがこれでもかこれでもかと描かれているにもかかわらず、
それらのシーンによってむやみな闘争心をあおられ、よし俺も戦争をしよう!という気になる人はおそらくほとんどいないでしょう。
この作品が我々の胸に呼び起こすのは、ある基本的な問いかけ。
日本人であるとは一体どういうことなのか。これからの時代、日本人である我々は一体どうして生きていったらよいのかという難しい問題です。
日本海海戦までを迫力たっぷりの映像で描ききったあとのドラマの終幕部は、
その後の真之の姿を静かに見つめるものとなります。
自分の人生には何か意味があったのか。自分の生き方は果たして正しかったのか。
それを問い続けながら49歳でこの世を立ち去っていく真之のどこか寂しげな姿は、
輝ける上昇機運と背中合わせに、底なしの暗さや切なさを隠し持っていた明治という時代そのもののようにも見え、
また同時に、日本人として精一杯生きることの難しさを無言のうちに語っているようにも思われます。
日本人として生きるとは一体どういうことなのか。
この作品を見るたび、我々は、力強く坂を駆け上がった父祖の姿に熱く精神を鼓舞されると同時に、
自分の生き方について真しに問い直し続けることになるでしょう。