「『坂之上の雲』では分からない」と冠した同じ著者による日露戦争に関する本としては「旅順攻防戦」「日本海海戦」に続いて3冊目、今回はまた陸戦に関する本ですが、旅順以外の開戦以後、奉天までの戦いを取り上げます。そして、今回はそれに合わせて日露戦争の開戦経緯が前半詳しく描かれています。たぶん、この部分、類書でここまで要領よく描かれた本は初めてでしょう。
そして、開戦後の各作戦が開戦前の陸軍の戦争準備の実態とともに描かれていきます。そこに見えるのは大本営、そして満州軍司令部参謀達の実情を無視した作戦とそれを自らの血と汗でフォローして勝利へと導いた前線の将兵たちの努力でした。
副題の「児玉源太郎は名参謀ではなかった」はいたずらに彼の名を貶めているわけではありません。満州軍参謀長としての彼は神のごとき名作戦を主導するという「坂之上の雲」をはじめとする多くの書で描かれるような人物ではなく、むしろエリート参謀や各司令官達の調整役に徹した政治家向きの軍人だったと著者は述べているのです。この部分だけでもしかし、十分に斬新な見方と思います。
丁度今年はNHKでドラマ「坂の上の雲」が放映されます。しかしこの本は司馬作品を読まれた方にとっては知的な挑戦になるはずです。一方は小説ですが、しかしその影響は我々には大きいものがありました。一種教科書的ともいえる固定観念に対する、事実と精緻な論証の挑戦。あらためてもう一度100年前の人々の肉声に声を傾けてみようかというきっかけになる良書と思います。