映画の中で泰造が言う。「俺は(写真が)下手だから、体をはるしかないんだ。」実際、一ノ瀬泰造の写真をみれば、彼はこれからの人なんだ、ということが誰にもわかる。combat photographer と war photographerを日本語ではどちらも戦場カメラマンと言ってしまうが、彼は、combat photographerだ。でも、彼が戦場を撮った写真はたしかにインパクトが強いけれど、戦場から少し退いたところで生活している人々を撮った写真の方が写真としては完成度が高いような気がする。写真の専門家はもしかしたら、そんな一ノ瀬泰造を、写真のみで評価してしまうかもしれない。しかし、映画を見る私たちは、彼の生き方を、彼という人を見て、そして、一ノ瀬泰造を永遠の人にしてしまった主演の浅野忠信を、もう、一ノ瀬泰造そのものと切り離しては考えられなくなる。写真だけでなく、「こんな人になりたい。」「こんな生き方がしてみたい。」と限りなく憧れさせられてしまうのだ。
映画のプログラムにこんなエピソ-ドが書かれていた。『泰造の母が撮影のときに、浅野の背中から小さく「タイゾ-」と呼ぶと、「は-い」とにこやかな笑顔で振り返った。』浅野の後姿を映画で見ると、自分がカンボジアに行って、こんなふうに彼に呼びかけ、「は-い」とふりかえった笑顔を受けとめているような錯覚をもってしまう。浅野忠信の、人の心に共鳴現象を起こしてしまう魅力のためだろう。 とにかく、めちゃくちゃかっこいい映画なのだ。