シェアとかコミュニティとか、もちろん住まいや建築に興味がある全ての人と、この本はシェアしたいと感じた。久々に建築家が、未来へのビジョンを形として見せて現実に近付けてくれた。
山本理顕さんの『住居論』の時から変わらない、従来のnLDKという日本の住宅の基本ユニットへの違和感がこの「地域社会圏」という発想につながっている。本書によれば、新しい住居の形を考える時、それはもうひと家族におさまる形ではない。代わりに、500人程度の住人をひとつの単位として生きる大きなコミュニティを想定し、各「イエ」が「見世」と「寝間」によって構成されるモデルを提案する。
「見世」は外に向かってガラス張りで、「寝間」はプライバシーの高い場所。借り方は自由で、見世部分を多く借りて文字通りお店に使ってもいいし、事務所やアトリエに使ってもいい。おばあちゃんがうたた寝する縁側のような場所でもいいし、子どもが遊んでもいい。「寝間」部分をたくさん借りて、プライバシーの高い従来の家のような「イエ」にしてもいい。専有と共有との関係をすべて見直し、エネルギー、交通、介護、看護、福祉、地域経済、「一住宅=一家族」を前提として成り立っていた関係をすべて見直す。その見直された関係こそが、本書が提唱する「地域社会圏」だ。
本書で描かれるイラストがことに魅力的である。縦横に広がる宿場町のようにイエが並び、様々な見世が広場に面している。煙草屋もBBQガーデンも、囲碁屋も料理教室も。ビストロでは食事をとることもできるし、キッチンを借りるのも可だ。ユニット化された家が合わさって発電をしたり、育児所やナースステーションにスーパーが合わさったような、生活コンビニというモデルも現実的である。個々の「イエ」はそれぞれ「見世」というオープンスペースを持っているから、ここで仕事をつくることもできるし、稼いだ小銭を家賃に当てることもできる。 全体の管理やセキュリティもこうした「見世」があることで相互に見守る関係が出来上がる。
そうした絵図から、いかなる運営形態であり人的役割分担が可能か、どのような乗り物で移動するか、どういう材質で各イエを作るか、などの「形」を見せてくるところが、建築家ならではの仕事で、読んでいて唸らされる。
一方、上野千鶴子さんには「実際にあなたが今まで作って来た公共的な団地は、あなたのコンセプトとは反し、住人は立地と賃料しか見てなかった」と現実的な突っ込みを入れられているが、今これだけ共有という概念が行き渡って来ている社会において、地域社会圏主義は、現在都市への未来的ビジョンでもあるし、被災地の住まいに対する具体的な提案になっていると感じる。理論的解釈の多かった前著『地域社会圏モデル』よりも断然面白い。
さて、モデルケースはいいとして、実際に何かが動き出す端緒はあるのだろうか。上野さんの批判を越えるためにも、その具体的な形にも注目していきたい。