著者は朝日新聞社でカイロ、パリの特派員を勤め、退社後は大学で中東史、地中海史を講ずるかたわら、中東調査会、地中海学会等で要職を歴任した。本書はこのような経歴の著者が、新聞、雑誌、月報、事典等様々な媒体にほぼ30年に亘って綴ってきた地中海歴史エッセーの集成である。若干の重複は気になるものの、エジブト、メソポタミア文明を源泉とする地中海文化史を、現地の状況も含め平易な語り口で述べており楽しめる。
本書の構成は、地域ごとに纏め、スペイン、北アフリカ、南仏、イタリア、ギリシア、エジプト、大シリア、トルコと、地中海を巡る3大陸(ヨーロッパ、アジア、アフリカ)のほぼ全域をカバーしている。評者には、紹介されることは少ないが古代より中世に栄えた北アフリカ諸都市と地中海の島々の話が、殊に新鮮で面白かった。
また、著者はジャーナリスト出身らしく行動的で話題は豊富だ。エジプト奥部の砂漠やエーゲ海の小島での経験は臨場感にあふれる。話題は美術、建築、風土はもちろん、物語や詩歌、音楽、オペラから映画に及ぶ。オリーブやワインの歴史、エジプト考古学の最新の成果、新井白石の地理書に現れるリビアと、興味深いエピソードも満載だ。
最終章では、比較文明学の伊東俊太郎氏との対談が収められる。ギリシア・ローマをもって地中海文明の端緒と考える欧州中心の史観に対し、両氏はエジプト・西アジアを含めた、より広いより遡った地中海文明を提案する。そして十字軍やレコンキスタの時代とされる12世紀に、スペインやシチリアで行われていたアラビア語からラテン語への学術書翻訳(12世紀ルネサンス)が、西欧文化テイクオフの契機になったと高く評価する。
読後改めて感じることは、約4,000年前の昔から古代民族交流の舞台となり、今に通じる文化・文明を生み育んできた3大陸の内海―地中海の魅力だ。