この著者としては珍しい自伝的作品。
日本語小説を書いた最初の朝鮮人で、のちに皇道思想家。戦後は心の病に冒され、1人で韓国に帰国。そんな父の風景から著者の人生は始まる。信仰の道にはいることにより自分の意志で生きるようになった母。民族活動家になるも最後まで父の世界に拘束されたまま生涯を終えた兄。
著者は家族の肖像から在日という存在を突き詰めていこうとする。
その究極とも言える存在が妹である。
管理職試験の外国籍による拒否を最高裁まで争った妹。日本国籍を取得し、日本国民としての在日の方向性を目指す著者とは大きく立場を異にする妹。そんな兄妹の中にはそれぞれ父の影響が色濃く残る。
私は在日という存在や在日の人々の家族像というものは正直、よく知らない。
それでもこの家族はかなりユニークな存在であるとは思う。そしてユニークでありながら、在日という存在の一面を鮮やかに表しているようにも感じる。
この本を読んでいる途中に思ったのは妹が殆ど出てこないことであった。著者の妹の裁判についてはこの著者の書いた文章も読んだことがあった。しかし、5章まで妹がいると言うことが読み取れる箇所がわずかに読み取れるのみであった。5章にたどり着くまでは著者の立場に一抹の疑念を抱いていたが、5章を読んで、それまで妹の存在が見えなかったことも了解できた。父・母・兄と違ってまだ存命と言うこともあろうが、それ以上に書かなかったのではなく、書けなかったのだろう。
おそらく、著者にとって、妹とは在日という存在の半面ではないのか。父という存在の半身ではないのか。著者にとって妹は自身が精算する必要のある存在なのであろう。