著者は病院医療、僻地医療、開業医療の経験をもつ医師である。
多くの人の最期を看取った経験から病院、福祉施設での死に疑問を持ち、
在宅での死が最善であるとの考えに至った。
医療機関において、終末期の老人は無意味な延命医療の対象として扱われる。
死の直前、一年間の医療費の大半は最後の2カ月に集中し50%を超えるそうである。
病院は死に逝く老人に鞭打ち、利潤をあげているようにも見える。
一方、特別養護老人ホーム、老人保健施設、老人病院、デイサービスなどにおいて、
老人は喜怒哀楽を失い、管理する対象として扱われる。
福祉施設は老人の隔離収容施設、姥捨山の様相を呈している。
高知県の疋田善平医師により提唱された「満足死」という概念がある。
定義は「死にゆく本人が満足、看取った家族も満足、周りの関係者も満足した死」で
ある。
満足死のためには自由が必要であり、病院、福祉施設では不可能である。
老人にとって最も自由度の高い自宅こそが満足死を実現できる場所である。