「いい写真というものは、写したのではなくて、写ったのである。計算を踏みはずした時にだけ、そういういい写真が出来る。ぼくはそれを、鬼が手伝った写真と言っている」(1953年)「大事なモノは見れば見るほど魂に吸い付き、不必要なものは注意力から離れる」(1975年)
そして、第一級の人の顔に肉薄する。被写体の底まで暴くような迫り方で梅原龍三郎・志賀直哉・棟方志功・柳田國男・三島由紀等を撮る。
戦後を駆け抜けたリアリズム魂。復興に向かう人々のヴァイタリティーとその影にひそむ社会的弱者の姿に焦点を当てた。浮浪者の焼芋泥棒、下町のチンドン屋、闘争の庶民の座り込み等がそれ。
「ぼくは日本一の写真家になるのだ」と宣言した山形県酒田での少年時代。
ライフワーク『古寺巡礼』(1963〜1975年)一切の妥協を許さない精神力で、仏像に相対し凝視した作品。
1990年、80歳で亡くなるまでを自ら撮った写真で追跡・追慕した土門拳生誕百年記念集として貴重だ。