国際会計基準(正式には、国際財務報告基準、IFRS)に対する批判的エッセー集である。筆者の主張はプロローグ(p2-p29)に要約されている。その中には、会計の役割、会計基準の性格と設定主体(なぜ民間団体が設定するか)、なぜ世界中の会計基準を統一するのか、「純利益の表示」禁止の意味、原則主義と細則主義、日本がIFRSを個別財務諸表にまで適用することへの疑問などのコメントないし主張を含む。
読者が注意を要する点は、本書で筆者が事実として述べていることも、それらは筆者の理解、解釈するところであり、誰から見ても事実といえるかどうか分からないことが少なくない(例えば、p38からの「ノーウォーク合意」に関する記述。なお、社会科学における事実の取扱いは自然科学の取扱いと異なるが、紙面の関係でここでは取り上げない)。
本書に対する批判は多数あるが、紙面の関係で3つだけ述べる。1つ目は「時価」について。筆者はIFRSのいう「時価」は清算時価というが、これは間違い。通常の取引における売り手の時価(exit price)を指している。異常事態の場合は別途、検討する必要がある。また、資産の減損処理を時価会計の適用と述べているが、対象資産が取得原価で記録されている場合は、通常の営業活動により回収できる便益を下回る場合には、その金額まで原価の修正に過ぎない(資産の定義を参照のこと)。
2つ目は「純利益」の性格。まず、現在のわが国で計算されている「純利益」は筆者のいう「物つくりの利益」を表していない。保有資産の売却益などを含む「操作された利益」を表している。(例えば、その他の有価証券の評価益は一旦純資産の部に入れ、それを売却した時には、売却益純利益の計算に反映し、前年までに計上した評価益は戻しいれる;難しくいえば、リサイクルする。これは経営者の判断によりタイミングなどを操作できる。)「物つくりの利益」は営業利益として表示されている。IFRSはこのリサイクルを禁じようとするので、わが国の企業はこれまでの決算操作が出来ずに困るというのが正しい。ただし、営業活動に直接関係のない投資の結果であるから、ぺナルティと考える人もいる。
3つ目は、国際会計基準、わが国の会計基準の進むべき方向と具体策を示していないこと。これは後日、別の著書で示していただけることを期待する。ただし、易しい仕事でないことは明白であるが。以上