国枝史郎といえば、すぐに『蔦葛木曽棧』(「講談雑誌」一九二二年
九月~一九二六年五月)、『八ケ嶽の魔神』(「文芸倶楽部」一九二四
年一〇月~一九二六年七月)『神州纐纈城』(「苦楽」一九二五年一月
~一九二六年一〇月)といった伝奇小説を思い浮かべるのではないだろ
うか。国枝史郎の創作活動の中で、伝奇小説のウエイトが大きいことに
異論を差し挟むつもりはないが、伝奇小説のみに焦点をあててしまうと
取りこぼす要素が多いことも忘れてはならない。
国枝は劇作家と創作活動のスタートを切っているが、その後も詩・短
歌に現代ものの恋愛小説、晩年には趣味を活かしたダンス小説など、幅
広い活動を行っている。
そして探偵小説作家としての側面も、国枝史郎の知られざる一面とい
えるだろう。
国枝史郎の探偵小説は伝奇小説ほど注目されてはいないが、イー・ド
ニ・ムニエ作、国枝史郎訳の体裁で書かれた『砂漠の古都』(「新趣
味」一九二三年三月~一〇月)、『国枝史郎伝奇全集』補完(未知谷一
九九五年五月)で初めて紹介された『東亜の謎』(「満州日報」一九三
一年六月一六日~一九三二年五月五日)、戦前の探偵小説専門誌の雄
「新青年」に発表された中編『銀三十枚』(一九二六年三月~五月)が
現在も入手できる。
本書『国枝史郎探偵小説全集』は、現在入手可能な中長編を除き、今
までに存在を確認することが国枝史郎の現代ものの探偵小説(秘境冒険
小説や犯罪実話、科学小説など広義の探偵小説)をすべて網羅してい
る。もちろん当時の大衆作家は依頼があれば業界紙や地方の同人誌など
にも作品を発表していたので、完全にすべての作品を集めたとは考えて
いないが、本書があれば探偵小説作家としての国枝の活動は概観できる
と考えている。
日本の探偵小説は、乱歩の登場によってトリックを重視する作品をミ
ステリーの王道(本格探偵小説)と見做すようになるが、国枝は乱歩登
場以前から探偵小説を書いていたためか、それほどトリックにこだわり
を持っていなかった。そのため現代の目からみると、ミステリーの文法
を無視した構成やアンフェアな要素が多いことも否定しない。
たた国枝の単体小説は、謎解きの要素を含んだロマン溢れる作品とし
て見れば十分に評価できる作品ばかりなので、決して期待を裏切ること
はないだろう。また日本の探偵小説は、探偵小説専門誌に発表された作
品、言い換えればマニア受けする作品ばかりが何度も再刊される一方
で、より広く大衆に親しまれた倶楽部雑誌に掲載された作品は、埋もれ
たままになっていることも少なくなかった。国枝は「講談雑誌」や「ポ
ケット」など、大衆娯楽誌に多くの探偵小説を発表しているので、当時
の一般読者がどのような探偵小説を好んでいたかを知るうえでも貴重な
資料となるはずだ。
本書の収録作は、すべて初出誌を底本にし、作品の変遷を概観できる
よう年代順に並べて収録している。
(末國善己「編者解説」より)