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最も参考になったカスタマーレビュー
16 人中、14人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
立場によって読みどころは様々,
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レビュー対象商品: 国家〈下〉 (岩波文庫 青 601-8) (文庫)
この『国家』の下巻を読む人が、哲学に興味のある人であれば一番の読みどころは六巻と七巻だと思うのですが、哲学にそれほど興味の無い人であれば、最大の読みどころはむしろ、第八巻でソクラテスが様々な国家形態の分析をするくだりではないかと思います。この第八巻で行われる国家形態の分析の中でも、特筆すべきなのはやはり民主制の国家に関する部分でしょう。現代の日本も民主制の国家ですが、二千年以上前に書かれたこの本の中で言われていることは、現代の民主性国家の問題点を気持ち悪いほど見事に突いています。見方によっては、「人間というものはいくら時代が変わってもやっていることは一緒」、なんていうちょっと斜に構えた見方もできるかもしれませんが、やはりこの個所で賞賛すべきなのはこの対話篇の作者であるプラトンの観察眼の鋭さでしょう。 国家篇に限らず、プラトンの対話篇を読んでいると、プラトンの現実世界に対する観察力に驚嘆させられることがしばしばあります。これほど社会というものを明晰に分析できる人であれば、プラトンはきっと哲学者としてではなく、ソフィストとして実学を教えながら生きていたとしても後世にその名を残したことでしょう。 哲学的な議論はもちろんのこと、観察者としてのプラトンの卓越性も窺い知ることができる作品ですので、読んで決して損はないと思います。
6 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
正義論と国家論の原点,
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レビュー対象商品: 国家〈下〉 (岩波文庫 青 601-8) (文庫)
立花隆氏がある本の中で、“日本人は19世紀のヨーロッパ人が書いた小説まで古典と呼んでいるが、果たして本当にそうだろうか。 ある書物が本当に古典的価値を持つかどうかは、五百年、千年のふるいにかけてみなければ分からないのではないだろうか”と語っていましたが、そういう観点から見れば、プラトンの対話篇というのやはり“古典”だろうと思います。 なにしろ“不正を行っている者の方が、そうでない者よりもより良い人生を送っているように見えるのですが−”というトラシュマコスと同じ問いを己自身に問うたことのない人間がこの世にいるでしょうか? “政治”と“正義”がテーマのこの対話篇、彼の他のどの著作にもまして我々を惹きつけます。“国家”下巻はまさにプラトン哲学のハイライトといった感があります。 洞窟の比喩、あらゆる政治形態の分析、そして善とは、哲学者とは−。 また、民主制の抱える問題点についてのくだりなど、まさに現代日本が直面している状況そのもので空恐ろしくさえなってきます。 民主主義社会においても我々は“自由”に甘え、溺れてしまっては決してならないという気にさせられます。 さもなくば“最高度の自由からは最も野蛮な最高度の隷属が生まれて”くるそうです。 プラトンの著作には確かにワクワクするような面白さがあります。 やはりそこにはあらゆる西洋哲学の基本問題が網羅されていると思います。 個人的には、多くの人々を対象とする政治や社会体制の問題は、それを実行に移すとなぜかうまくいかないと言う点において哲学の限界点も示していると思います。 しかし、体制や法律を作るには確かに理念というものが必要なわけで、結局害悪になるかもしれないけど見過ごすわけにはいかないもの−その原点がプラトン哲学だと思うのです。
2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
理想国家とは何か,
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レビュー対象商品: 国家〈下〉 (岩波文庫 青 601-8) (文庫)
プラトン哲学の最高峰である『国家』。洞窟のイデアや哲人政治は、あまりに有名で、その後の学問界全体への貢献は計り知れない。国家とは何か、どうあるべきかという議論の端緒となる本であり、古典中の古典。はるか2000年以上を経た現代においても通じるところが多々ある。必読。本書の内容を一言で述べるならば、正義についての考察である。その正義とは何かを考察するために、国家の正義を考えることで、その解答を見出そうとしている。 下巻では、上巻で定義された正義を実現するための理想国家として、哲人政治のモデルが書かれている。また、洞窟や太陽などの比喩によって、イデア(実相=「まさにそれぞれであるところのもの」(p.79))というプラトン哲学の中心的課題が扱われている。さらに、理想国家と対峙して不完全な国家のモデルもここで扱われている。名誉支配制、寡頭制、民主制、僭主独裁制の4モデルが、そこに当てはまる。 民主制とは自由を重んじる国家であり、「快く、無政府的で、多彩な国制であり、等しい者にも等しくない者にも同じように一種の平等を与える国制」(p.p.206-207)である。だが、プラトンがここで警告を発したように、そのおおらかさゆえに、「ただ大衆に行為をもっていると言いさえすれば、それだけで尊敬されるお国柄なのだ」(p.206)という衆愚政治に陥ってしまうのである。 現在では、フランシス・フクヤマの『歴史の終焉』で語られたように、民主制は最高のものとして扱われているが、ここでは悪しき国家の例として挙がっていることは興味深い。もちろん現在の民主主義国家と当時のアテネをモデルとした民主制を同一に論じることはできない。しかし、プラトンが危惧したことは、現在の世界の政治状況(イメージ戦略に莫大な資金が投与される米大統領選や、近年の田中眞紀子フィーバーなど)を見ていても、決して解決されていない課題だろう。 下巻の巻末には60ページに渡る解説がついている。執筆の時期や背景の説明が中心的だが、内容をおおまかに理解するためにも、初めに読んでおくと良いかもしれない。
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