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対話編をいくつか読んで見るとわかるのですが、ソクラテス以外の登場人物って結構ソクラテスの意見に「あなたの言う通りです」とか「どうしてそのように思われないことがありましょうか」などと言ってソクラテスのイエスマン的な働きをしている場合が多いんですよね。ところがこのトラシュマコスは違います。二言目には「ふざけるな」「お前のやり口は知っている」などと口走ってソクラテスにガンガン突っ込んでいきます。その良し悪しはともかく、こういう一本筋の通った登場人物というのは読んでいてなんとも魅力があって好きですね。
しかし、そんな魅力溢れるトラシュマコスも最終的にはソクラテスの議論に絡め取られていくわけですが、その過程を見ていくのも面白いと思います。
それに、この『国家篇』は気をつけて読んでいると、「哲学の勉強するより、詩とか悲劇を読んでる方が楽しいんだよね」なんていうことをあのソクラテスがとかサラッと口走っていたり、今の時代にこんなこと言ったら間違いなくセクハラ問題で訴訟を起こされているだろうなぁ、と思えるような記述とかもあったりして、「えぇ!」と思う個所がけっこうあって哲学に興味の無い人が読んでもかなり面白いと思います。
プラトンの議論は、しかし、人間の強さや絶対的なものに対する愛を前提としています。人間がそんなに強くもなく、聖なるものでもないことは、残念ながら歴史が証明していないでしょうか? また<正義>がそれほど良いもので人間がそれを志向しているなら、なぜそれが未だにあまねく行動原理として力を持っていないのか? 言いたいことは分かるけど、そんなにうまく行くかなあ、というのが素直な感想です。
とは言え、議論自体は緻密に構成されていて、少しずつ論理を積み上げて相手を説得していく手法において、プラトンを超える書を私は知りません。それだけで読む価値があると言えます。TVの限られたエア・タイムに収めるため、十秒以塊??で意味がありそうな言説を組み立てなければならない現代の議論は、多くのクリシェを前提としなければならず、結果として言説の陳腐化を招いているのではないでしょうか? じっくり時間をかけて前提を疑い、論理を積み上げていくことで達することのできる知の高みを見せてくれる好著です。
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