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26 人中、23人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
論理を緻密に組み上げていくことで達する知の高み,
By bluepasta (Brooklyn, NY USA) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 国家〈上〉 (岩波文庫) (文庫)
「正義について」と副題されたこの大著は、知の巨人プラトンによる対話篇のなかの、主著中の主著であることは、論を待たないでしょう。主人公ソクラテスは、正義とは何かを議論するなかで、個人における正義の拡大された姿を国家において見ることを提案し、理想的な国家について論じていきます。理想国家を定義し、哲人統治こそが理想国家にいたる道であると説いたソクラテスは、それでは哲人が学ぶべきものは何か、と問いを設定します。そして、<善>のイデアに達するための、哲学的認識の転換の必要性を、有名な洞窟の比喩をはじめとするたとえ話によって説明します。ついで、不正がいかに理想国家を不完全国家に転落させるかを説き、正義こそが人間を幸福にする、と結論します。詳細な訳者注、補注、??して、60ページにわたる解説がこの大著の理解を助けてくれます。プラトンの議論は、しかし、人間の強さや絶対的なものに対する愛を前提としています。人間がそんなに強くもなく、聖なるものでもないことは、残念ながら歴史が証明していないでしょうか? また<正義>がそれほど良いもので人間がそれを志向しているなら、なぜそれが未だにあまねく行動原理として力を持っていないのか? 言いたいことは分かるけど、そんなにうまく行くかなあ、というのが素直な感想です。 とは言え、議論自体は緻密に構成されていて、少しずつ論理を積み上げて相手を説得していく手法において、プラトンを超える書を私は知りません。それだけで読む価値があると言えます。TVの限られたエア・タイムに収めるため、十秒以塊??で意味がありそうな言説を組み立てなければならない現代の議論は、多くのクリシェを前提としなければならず、結果として言説の陳腐化を招いているのではないでしょうか? じっくり時間をかけて前提を疑い、論理を積み上げていくことで達することのできる知の高みを見せてくれる好著です。
54 人中、46人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
ナイスガイ(死語)!トラシュマコス!!,
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レビュー対象商品: 国家〈上〉 (岩波文庫) (文庫)
個人的に、この『国家』最大の見所は第一巻にいきなり登場してくるトラシュマコスだと思います。対話編をいくつか読んで見るとわかるのですが、ソクラテス以外の登場人物って結構ソクラテスの意見に「あなたの言う通りです」とか「どうしてそのように思われないことがありましょうか」などと言ってソクラテスのイエスマン的な働きをしている場合が多いんですよね。ところがこのトラシュマコスは違います。二言目には「ふざけるな」「お前のやり口は知っている」などと口走ってソクラテスにガンガン突っ込んでいきます。その良し悪しはともかく、こういう一本筋の通った登場人物というのは読んでいてなんとも魅力があって好きですね。 しかし、そんな魅力溢れるトラシュマコスも最終的にはソクラテスの議論に絡め取られていくわけですが、その過程を見ていくのも面白いと思います。 それに、この『国家篇』は気をつけて読んでいると、「哲学の勉強するより、詩とか悲劇を読んでる方が楽しいんだよね」なんていうことをあのソクラテスがとかサラッと口走っていたり、今の時代にこんなこと言ったら間違いなくセクハラ問題で訴訟を起こされているだろうなぁ、と思えるような記述とかもあったりして、「えぇ!」と思う個所がけっこうあって哲学に興味の無い人が読んでもかなり面白いと思います。
44 人中、37人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
極論のオンパレード,
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レビュー対象商品: 国家〈上〉 (岩波文庫) (文庫)
古典に対する偏見としてよくあるのが、「古典には、発表当時は画期的な主張だったかもしれないが、今日では常識化した陳腐なことが書いてある」というものだ。本書を読めば、そうした思い込みがいかに間違っているかが分かるだろう。本書は、最初から最後まで極論のオンパレードである。「真実を見通す力を持ったのは哲学者(科学者)だけだ。だから国家は哲学者(科学者)が統治すべきだ」とか、「誰もが家族のように仲良くなれるよう、赤ん坊を肉親から引き離し、誰が誰の子供だか分らないようにすべきだ」とか、「フィクションの価値はもっぱら社会に与える影響の観点から評価されるべきだ。だから青少年に有害なフィクションは徹底的に取り締まるべきだ」とか、ともかく過激な主張が続く。もし誰かが同じ主張を今ブログに書いたら、炎上しそうなことばかりだ。約2400年前に書かれた本書だが、その論争性は当時も今も変わらない。だからこその古典なのだろう。 なお、本書を読む際は、「古典は一文一文を熟読吟味しなければならない」という思い込みも捨てるようにしたい。大部なので、そんなことをしたら途中で疲れてしまうだろう。少なくとも初読時は、小説のようにサラサラと読み進めたらよいと思う。幸い、藤沢令夫の訳は大変読みやすい。
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