アマゾンの目次を見ればわかりますが、本書の第一章は「金印勅書」となっていて、カレル四世(在1346-78年)以降、1806年の帝国終焉までを扱っています。同著者の「
神聖ローマ帝国 (講談社現代新書)」は、約250ページ中151ページ目でカレル四世時代になりますから、「新書の図説版だろう」との先入観があって読み始めたのですが、覆されました。しかし、初期三王朝時代(962-1250年)が扱われていないわけでは無く、p28までは「序章」となっていて、ローマ帝国からフランク帝国を経て三王朝がざっくり扱われています。この初期三王朝時代も、地図が意外に役立ちます。初期王朝時代は、各王朝の基盤となったザクセン、ザリエル、シュヴァーベン公領などの領域地図はあまり見たことが無いので参考になりました。また、巻頭にある、「
アシェット版 図説ヨーロッパ歴史百科 ――系譜から見たヨーロッパ文明の歴史から引用した、帝国を構成した各公国別の君主表も役立ちます。実は巻末参考文献に記載が無いのですが、 図説ヨーロッパ歴史百科を参考・引用したと思われる地図が他にも数枚あり、これも役立ちます。反面、新書版では、カール五世(在1519-56)以降は50ページ程しかありませんから、新書版と本書を合わせて、同著者の「神聖ローマ全時代」が扱われていることになります。
さて、本書のあとがきで、著者は、「ザクセンをキーワードに神聖ローマ帝国の歴史を追ってみた」と書いてあり、そこで漸く気づいたのですが、確かに顕著な動きをした歴代ザクセン公の動向が記載されています。しかし、「ザクセン公国の歴史」というわけではなく、あくまで帝国の国内事情を描く必要上登場しているのであり、でしゃばり過ぎているわけでは無い印象です。最近チェコのヨハン王(在1310-46年、父親と息子が神聖ローマ皇帝で、本人は皇帝になれなかった)に大半を裂いた、薩摩秀登氏の「
王権と貴族―中世チェコにみる中欧の国家を読んで、神聖ローマ帝国の理解が進んだ(ように思える)のですが、思うに、神聖ローマ帝国の複雑さを整理するには、皇帝家を追うよりも、皇帝家でありながら皇帝になれなかった人物や、皇帝以外の公国の動向を読んだ方が、整理・理解しやすいのではないか、と思うようになりました。というのも、皇帝家から容易に陥落するのは、皇帝家と他諸侯の差があまり無いからで、強力なハプスブルク家さえ、実態は「ハプスブルク家産領君主国王」であって、事実上皇帝として振舞うことは殆どできないうちに皇帝でありながら事実上皇帝から陥落し、家産国としての色彩を強めてゆくからです。皇帝家を軸に描くと、どうしても「強力な権力」をイメージし、その先入観で見てしまうので、「弱い形骸皇帝」「諸侯に分かれ、王家の入れ替わりも頻繁な複雑な歴史」に見えてしまうのですが、皇帝になれなかった人物や各公国から眺めると、「そもそも帝権は何だったのか」という神聖ローマの帝権の本質が整理し易いように思えるようになりました。
多分本書は、「買ってしまったが予想と違った」と思う人と「結構役に立った」と思う人で意見が分かれるような気がします。しかし、主にハプスブルク家が帝位について以降を扱いながら、ハプスブルク家でもザクセン家の歴史でもなく、あくまで「神聖ローマ」を描いた書籍として、(成功しているかどうかはともかく)著者の姿勢は好ましく感じました。