・早起きは三文の得というが、ヒトラーは遅起きであった。
昼間に起床して、食事を摂り、映画を見て過ごして、夕方頃から、ようやく人に会ったり、会議をしたりした。
典型的な夜型人間であった。
・1941年から始まったバルバロッサ作戦(ソ連侵攻)では、兵站に75万頭もの馬を使用したが、
その馬の餌の調達と世話が重い負担となってしまった。
・軍需大臣に任命された建築家のアルベルト・シュペーアは、兵器の生産増進に手腕を発揮した。
しかし、ドイツの兵器は種類が多様に有り過ぎて、それぞれが専用の弾丸や部品を必要としたため、
結果として製造に手間がかかり、国力に見合ったほどの量産ができなかった。
・1940年5月のフランス侵攻(ダンケルクの戦い)の際に、ヒトラーは不可解な「進軍停止命令」を発した。
これは、日本の真珠湾攻撃を指揮した山本五十六が、第二攻撃(燃料タンクの破壊)を頑なに拒んで実行しなかったこととよく似ている。
どちらも裏のある「寸止め攻撃」であった。
アドルフ・ヒトラーも山本五十六も、最初から必敗の人(アメリカの手先)だったのかもしれない。