以前からアメリカの図書館界ではつとに有名だったデューイ君の生涯を、飼い主だったヴィッキー・マイロンのエッセイを綴った1冊。ただのねこ好きの方にはお薦めしません、念のために。
開館と同時利用者を玄関で迎え、館内では利用者に迷惑をかけずに愛され、18年の永きに渡ってスペンサー公共図書館のシンボル的存在でもあった。以前から図書館のHPにも専用ページを持っていたデューイで、アメリカ図書館協会の会員配布雑誌American Librariesにもたびたび登場した人気者だった。今回本書を読んで著者ヴィッキー(図書館長)の人生の同伴猫でもあったことが判り、シンミリさせられる一方で、ペットの偉大な存在ぶりにも感動させられる。小説風に読みやすく、構成も優れ、訳文も優しい仕上げ。もちろんデューイ君の肖像写真もあります。
そして図書館論も立派。「りっぱな図書館は大きかったり美しかったりする必要はない。最高の設備とか、非常に有能なスタッフとか、最高の利用者は必要ない。りっぱな図書館は必要なものを与えてくれる。地域社会の生活にすっかり溶け込んでいるので、かけがえのない存在になっている。いつもそこにあるので、誰も気づかないのがりっぱな図書館だ。そしてみんなが必要とするものを常に与えてくれる。」(p.134) 同業者として、大きな共感を抱いた一文である。アメリカでは、引っ越したら、住民票の手続きより図書館カードを先に作れ、と云われるくらいに市民の根城になるのが地元の図書館で、その典型を凝縮した文章でもある。
日本の公共図書館にデューイがいたら、管理問題で上位機関の監督者からクレームが出そうな問題だが・・・。英語版の9月に出たばかりなのだが、日本語版も10月10日発売と同時刊行した出版社の心意気にも敬意を表したい。日本は、指定管理者問題で大いにゆれ初めており、デューイがいれば、問題の本質に光明を差し込ませたかもしれない???