日本の近代俳句の「産みの親」とも言えるのが正岡子規。
その子規は35歳で早逝し、子規の志を継いだのが高浜清(虚子)でもある。
いわば日本の俳句の「育ての親」と言える。
この本は前半が、虚子による子規への思い出。
これを読むと虚子が最初は師と仰いでいた子規に対して
徐々に文学的に距離を置き、
「自分と居子(子規)は、ここのところが考えが違う」
とはっきり書くようになる。
このあたりは多くの虚子研究でもはっきりしていることだが、
師を盲信せず、己の信ずるところを進んだ虚子の「大きさ」「頑固さ」のようなものを感じる。
一方で、子規への愛もたっぷり感じる前半である。
後半は、いわば俳句の弟子でもあり、文学上の師でもあった漱石との書簡と思い出。
漱石は俳句を余技と考えず、1000句を越える句を残した。
ロンドン在住のとき、親友の子規の訃報を聞いて詠んだ句が。
手向くべき線香もなくて暮れの秋
子規と漱石は若くして亡くなったが、虚子は大往生した。
その差はなんだったのだろうか……。
もともと小説を志ながら一生を俳句に捧げた虚子の胸の内が見える好著である。