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回想のモンゴル (中公文庫)
 
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回想のモンゴル (中公文庫) [文庫]

梅棹 忠夫
5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

一九四四年夏、著者は二十四歳。戦争という状況下であったが、モンゴル草原における牧畜の研究に青春の情熱のかぎりをそそぎこんだ。終戦から帰国までの日々を書きつづった「回想のモンゴル」とともに、遊牧民の生活用具類を克明なスケッチであらわした「モンゴル遊牧図譜」などを収載した貴重な記録。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

梅棹 忠夫
大正9年(1920)、京都市に生まれる。昭和18年、京都大学理学部卒業。学生時代の白頭山登山および大興安嶺探検隊以来、調査、探検の足跡は、ひろく地球上各地にしるされている。京都大学人文科学研究所教授、国立民族学博物館長を経て、同館顧問・名誉教授。専攻は民族学、比較文明学。理学博士。平成6年、文化勲章を受章する。平成22年(2010)7月、逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 文庫: 241ページ
  • 出版社: 中央公論新社; 改版 (2011/8/23)
  • ISBN-10: 4122055237
  • ISBN-13: 978-4122055230
  • 発売日: 2011/8/23
  • 商品の寸法: 15.2 x 10.6 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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By 左党犬 トップ500レビュアー
形式:文庫
 梅棹忠夫のモンゴル関連の文章をまとめて一冊にした文庫本オリジナルの編集だ。

  『梅棹忠夫著作集』には『モンゴル研究』として一巻があてられているが、よほどのことがなければ参照することはないだろう。文庫本一冊にまとめられた本書で、梅棹忠夫の原点がモンゴル、それも戦前の内モンゴル(=内蒙古)におけるフィールドワーク経験にあったことを実感として確認することができる。

 内容的にはきわめて地味な本である。だが、著者の原点がモンゴルであり、遊牧社会でのフィールドワークであることを知れば、「梅棹忠夫の原点」を知るためには、必ずや読まねばならない本であることを悟ることだろう。

 じっさい読んでみれば、これがじつに面白い。本書の半分をしめる「回想のモンゴル」は、ある意味では梅棹忠夫の青春記でもある。二年間の徴兵猶予をもらった24歳の動物学専攻の大学院特別研究生として内モンゴル(=内蒙古)に渡ることができた著者の、日本の敗戦によってからくも脱出して帰国するまでの記録である。

 内モンゴルに滞在できたのは、隣接する満洲国において日本の影響力が及んでいた期間だけであった。そのため、理系の人間は軍に対して無自覚だなどという批判を、後付けでなす者が少なくなかったらしい。

 だが、軍が関与していようがいまいが、貴重なフィールドワークによる研究がなされたことは否定できないのであり、しかも脱出する際には、地図をふくめた研究成果のフィールドノートを用意周到に「偽装」し、日本に持ち帰ることに成功している。運という要素も強かったが、梅棹忠夫の実務家としての能力がきわめて高かったことを示しているいうこともできるだろう。
 
 とにかく読んで面白い本だ。とくに、「モンゴル遊牧図譜」はじつに貴重なフィールドワークの記録であり興味深い。モンゴルや遊牧世界に関心があれば言うまでもないが、もしそれほど関心が強くなくても、読めば確実のその世界を知り、関連する知識の体系を知ることができる。

 「梅棹忠夫の原点」を知る一冊として、あらためて刊行された意味は大きい。ぜひ、モンゴルのさわやかな風を感じることのできるこの一冊を読んでほしいと思う。

 
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形式:文庫
本書は梅棹忠夫によるモンゴル関係のメモワールやメモをまとめたものである。書名ともなっている「回想のモンゴル」は本書の半分くらいを占めるにすぎず、残りは梅棹が張家口に駐在し西北研究所を拠点に展開した研究活動の成果をまとめたもの、36年ぶりに梅棹が内モンゴル自治区を再訪したセンチメンタルジャーニーの旅行記である。

梅棹の文章の最大の特徴は、その分かりやすさにある。日本では長らく「岩波文化」の悪影響もあって、難解な文章を書かなければ知識人でないみたいな風潮が旧制第一高等学校を中心に日本中に蔓延するという不幸な時代が長く続いた。九鬼周造の『いきの構造』が、その悪い見本だが、丸山真男の『日本の思想』だって、すらすら読める人はそうはいないだろう。これらの本は、山本夏彦曰く「まるで外国語」であって、日本語ではないそうだ。こうした旧制高校の悪しき伝統とは無縁なのが梅棹の文章である。梅棹の文章は福澤諭吉ではないが「サルでもわかる文章」である。その記述は正確無比で、まるで映像を見ているような臨場感たっぷりの描写力には全く舌を巻く。以前、梅棹の『東南アジア紀行』を読んだことがあるが、その中にあるラオスの古都ルアンプラバーンの描写が素晴らしかった。ラオスの首都ビエンチャンから真北にあるこの古都は、東南アジア全体の中でかなり北部に位置する街であるにもかかわらず、梅棹が指摘する通り、ヤシの木が生い茂る風景は熱帯そのものだったので、梅棹の文章を読み進むにつれ、ルアンプラバーンを訪れた際の記憶が次々と蘇ってくるのを感じた。梅棹の文章には、こうしたパワーが確かにある。本書を読んでいても、内モンゴルの大草原に展開するモンゴル族の生活、そこに放牧される牛、羊、馬、ラクダが、まるで目の前にいて手に触れることが出来るような錯覚を覚えるくらいの臨場感で迫ってくる。

本書を読んで感じるのは「わが大日本帝国は確かに朝鮮半島と北京を含む中国の北半分を支配していたのだなあ」というものである。梅棹は張家口にある西北研究所に勤務するため移動するのだが、下関から関釜フェリーで釜山に渡るのだが、当時の朝鮮半島は日本の一部だった。満州も日本の一部みたいなものだった。山海関を越えてはじめて外国に入るわけだが北京でも要所要所に銃剣付き三八式歩兵銃を持った日本兵が警戒にあたっている。当時の北京は現在のイラクのバグダッドやアフガニスタンのカブールみたいなものだったんだろう。あと、梅棹は「中国人」という言葉を一切使わず「漢人」という言葉を使っている。中国という名称は1902年に梁啓超が発明した呼称だったんだそうだが、1944年になっても日本人には中国という名称は一般的ではなかったんだと推察される。同じく梅棹による対談集『語る』には、当時の張家口の凄まじい風景が出てくる。張家口の長城にある大門・大境門のそとに住居を構えていたが、毎朝自宅から研究所に通勤する際、その通勤ルートの道の両側に大量のシナ人が座ってウンチをしていたんだそうだ。沿道に男がズラーッと並んで毎朝ウンチしている。そんな風習はアジアでいち早く文明開化を成し遂げた日本にはなかったし、江戸時代、いやそれ以前の日本でもなかったであろう。この風景を見ただけで、梅棹は「中国と日本が同じ文化、文明であるわけがない」と断じる。さすが、理科系の学者ならではの、見事な断定である。現実を見ずに書物から入る文系の学者は、往々にしてシナを理想化し、脳内に形成した理想のシナのみを見て、現実のシナを見ないという愚を犯しがちだが、梅棹は自分の目で観察したものからシナ像を形成していく。このくだりを見て、パリにある東洋語学校で学んでいたエドウィン・O・ライシャワーに対し、フランス人の指導教授が放った台詞を思い出した。「ライシャワー君、君はシナが大変好きなようだが、もしシナを好きで居続けたいのであれば、シナを訪れてはいけない」。このフランス人の教授は、当時のシナの凄まじい現実を知っていたのであろう。路上で毎朝大量のシナ人が並んで脱糞し、周囲に異臭が立ち込めている現実を。河には死体が浮き、その死体を拾い集めることを商売にしているシナ人が大勢いたという現実を。確かにシナは日本とは異質な文明の国であることがこれだけでも理解することが出来る。鳩山由紀夫が放った軽薄な「東アジア共同体」なるものは、いずれ形成されるのであろうが、その道は遥かであることを、既に多くの日本人は理解している。
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形式:文庫
戦争中の1944年に学術調査のためにモンゴルに入り、終戦で日本に引き上げてくるまでの、貴重な記録。
いまから見ると大変な時代と思えるが、梅棹にかかると、単なる時代の一コマにしかすぎなかった。
梅棹という人物のスケールの大きさに、改めて感心させられる。
酒を浴びるほど飲んで、馬に乗って帰り、馬に振り落とされるなど、モンゴルにおける刺激的な生活の数々が綴られている。
夫人もモンゴルに呼び寄せていたようで、夫人も、後年、一番もう一度行きたい場所は、このモンゴルの地であったと言う。
また、遊牧民族の発生に関する今西説は、実は梅棹がはじめに思いつき、今西に語った、というエピソードも紹介されている。
学術調査、という堅苦しい言葉の裏に隠れた、実に人間的な側面に溢れた、まさに好著である。
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