孤高のスナイパー、ボブ・リー・スワガーが日本にやってきて敵を相手に日本刀で立ち向かう。この設定は、当サイトのレビューで散々な批評をされていますね。多くは、日本の描写はありえない。現在の実情と違う、イメージしているボブ像が壊される。など、駄作と酷評されています。
私自身このシリーズは冒険小説で設定や敵役キャラクターなど今までもけっこう荒唐無稽なキャラがわんさか出てきたように思いますが。そこで舞台が日本になるとどうしてみんな過剰に拒絶してしまうのでしょうか。見たことのない世界についてはどんなに荒唐無稽でも楽しめて、知っている世界(日本)でのことには現実との整合性に執着するメンタリティはどこから来るのでしょうか。また、知っていることとは?客観的な事実とは?日本の現状認識は私たちは主にマスコミュニケーションに、またそれの監督機関にずいぶんと歪められて伝えられていると私は考えています。それらの情報源をもって事実と感じていること自体が歪んでいるとは思いませんか。
生活経験のない地域(特に海外)を舞台にしたり、過去の歴史的事実を描写するに当たっては、参考資料を参照することは大切なことですが、その上で著者の主観が介在することはごく普通のことだと思います。以前に似たような本を読んだことがあります。
ウルトラ・ダラー (新潮文庫)こちらは長期間海外で暮らしていたジャーナリストが、日本を舞台に日本で活動する海外のスパイに関するものなのですが、印象はむしろ本書と逆でした。日本に関する描写に大きな間違いはありませんでした。やはり情景描写が詳細なのですが、単なる情報のの羅列で表面的でした。日本文化への愛については本書の方がはるかに高かったです。小説として本書の方が圧倒的に優れており私なら本書の方が数段面白いと思いました。