『四人の署名』はホームズとしては第二作目の長編です。前作『緋色の研究』より多くの点で充実しており、作家的成長が伺える一作です。単純に読み物としても楽しめます。
ホームズはこれまでもかなり多く訳出されていますが、それでもまだ新訳には「決定版」を期待する人も多いでしょう。訳者の深町眞理子氏は、実績もあり人気も高い大家で、レベルという点では十分その期待に応えるものになっていると思います。訳注も多く、表題の”The Sign of Four”と作中の”The Sign of the Four”を書き分けるなどこだわりも感じられます。
ただこのタイミングで出る本としては、やや訳文が古典的な感じがします。個人的には古典を現代風することには違和感を持っているので歓迎しています。古い作品にありがちな差別的表現や、今では奇異に感じる当時の常識などを、今風の言葉に置き換えてしまうと時代感覚が分からなくなってしまうからです。しかし「読みやすい新訳」を期待していた人は不満に思うかもしれません。
もちろん古典的といっても、あくまでも現代人が違和感を持たないレベルでの古典的表現であって、その意味で新訳らしさは十分に感じられます。それに実は「てにをは」の使い方や句読点の位置などの違和感の方が、熟語の難しさよりも古びて見えるものだと思いますし。