出版社/著者からの内容紹介
拘束の3日間を含め
つぶさに現地を取材した
ジャーナリスト・安田純平が報告する!
イラク拘束3日間
帰国したジャーナリスト・安田純平は、「被害者扱い」と「自己責任論」にとまどう。
取材過程での「拘束」もありうることと考える彼が、そのてんまつを明らかにするとともに、取材で目にしたイラクの人々の姿を、報告する。
ジャーナリストとしての責任は、「伝えること」で果たす。
つぶさに現地を取材した
ジャーナリスト・安田純平が報告する!
イラク拘束3日間
帰国したジャーナリスト・安田純平は、「被害者扱い」と「自己責任論」にとまどう。
取材過程での「拘束」もありうることと考える彼が、そのてんまつを明らかにするとともに、取材で目にしたイラクの人々の姿を、報告する。
ジャーナリストとしての責任は、「伝えること」で果たす。
内容(「MARC」データベースより)
イラクで武装グループに拘束されたジャーナリスト・安田純平は、拘束の3日間に何を体験したのか。つぶさな現地取材をもとに「戦場イラク」の現実を報告する。
著者について
安田純平(やすだ・じゅんぺい)
1974年3月生まれ
1997年 信濃毎日新聞入社。
同紙では、山小屋し尿処理問題や脳死肝移植問題などを担当。
2002年3月 休暇を取ってアフガニスタンを取材。
同年12月 休暇を取ってイラクを取材。
2003年1月 信濃毎日新聞退社、フリージャーナリストとなる。
同年2月 再びイラクへ。「人間の盾」とともに
バグダッド南部の発電所や浄水場に滞在するなどして、
空爆下の様子を取材し、新聞、雑誌、講演会、写真展などで発表。
同年10月 「戦後」を取材するためにイラクへ。
2004年3月16日 イラクへ。バグダッド、サマワ、ナジャフなどを訪問。
武装勢力の人質となった高遠菜穂子さんの無事を願う
ストリートチルドレンの様子を東京新聞に寄稿などする。
4月14日 米軍による爆撃のあった
ファルージャ周辺の取材中に、武装勢力に拘束される。
同月17日 解放。
1974年3月生まれ
1997年 信濃毎日新聞入社。
同紙では、山小屋し尿処理問題や脳死肝移植問題などを担当。
2002年3月 休暇を取ってアフガニスタンを取材。
同年12月 休暇を取ってイラクを取材。
2003年1月 信濃毎日新聞退社、フリージャーナリストとなる。
同年2月 再びイラクへ。「人間の盾」とともに
バグダッド南部の発電所や浄水場に滞在するなどして、
空爆下の様子を取材し、新聞、雑誌、講演会、写真展などで発表。
同年10月 「戦後」を取材するためにイラクへ。
2004年3月16日 イラクへ。バグダッド、サマワ、ナジャフなどを訪問。
武装勢力の人質となった高遠菜穂子さんの無事を願う
ストリートチルドレンの様子を東京新聞に寄稿などする。
4月14日 米軍による爆撃のあった
ファルージャ周辺の取材中に、武装勢力に拘束される。
同月17日 解放。
抜粋
(はじめに)
イラクの武装組織に拘束され、帰国したときに驚いたのは「被害者」と呼ばれていることだった。「自衛隊派遣が原因でひどい目にあった」と同情されたり、「自業自得」と笑われたりと、世間の反応はさまざまである。
しかし、当の本人に「被害者」という意識はない。ああいった地域へ行く以上は拘束もありうることと最初から承知しているし、彼らを「犯人」とも思っていない。拘束を避けられるならば避けたいが、避けられなかったとしても彼らにうらみはない。虎の生態と生息環境を観察しようと虎の穴に乗り込んで噛みつかれても、虎をうらんでも仕方がない。
私は彼らの声を伝えたいと思っているだけだ。武装組織だけでなく、イラクで出会った多くの人々の姿を知ってほしいと思う。人為的につくられた厳しい状況の中で、それでもしぶとく生きる魅力ある人々だ。
まったく想定できていなかったのだが、今回の拘束については、社会的な影響が大きかったという点で責任が生じた。さまざまなかたちでこれを負わなければならないが、まずは事実を報告することがその一部を果たすことになると考えた。本書はその試みである。
イラクの武装組織に拘束され、帰国したときに驚いたのは「被害者」と呼ばれていることだった。「自衛隊派遣が原因でひどい目にあった」と同情されたり、「自業自得」と笑われたりと、世間の反応はさまざまである。
しかし、当の本人に「被害者」という意識はない。ああいった地域へ行く以上は拘束もありうることと最初から承知しているし、彼らを「犯人」とも思っていない。拘束を避けられるならば避けたいが、避けられなかったとしても彼らにうらみはない。虎の生態と生息環境を観察しようと虎の穴に乗り込んで噛みつかれても、虎をうらんでも仕方がない。
私は彼らの声を伝えたいと思っているだけだ。武装組織だけでなく、イラクで出会った多くの人々の姿を知ってほしいと思う。人為的につくられた厳しい状況の中で、それでもしぶとく生きる魅力ある人々だ。
まったく想定できていなかったのだが、今回の拘束については、社会的な影響が大きかったという点で責任が生じた。さまざまなかたちでこれを負わなければならないが、まずは事実を報告することがその一部を果たすことになると考えた。本書はその試みである。