小股潜りの又市は、足力按摩の宅悦に、民谷又左衛門の娘、岩の仲人口を頼まれる。娘を手ごめにされた薬種問屋の依頼を受け、御先手組与力の伊東喜兵衛に直談判した際、窮地に立たされた又市らを救ったのが又左衛門だった。不慮の事故で隠居を余儀なくされた又左衛門は、家名断絶の危機にあるというのだ。しかし、疱瘡(ほうそう)を患う岩の顔は崩れ、髪も抜け落ち、腰も曲がるほど醜くなっていた。又市は、喜兵衛の1件で助っ人を頼んだ浪人、境野伊右衛門を民谷家の婿に斡旋するが…。
岩を裏切る極悪人である南北版の伊右衛門を、著者は大胆にも、運命に翻弄される不器用で実直な侍として描く。また、幽霊や怪異を持ち出すことなく、人間の心のおぞましさを際立たせることよって、最大の恐怖を生み出しているのも大きく異なる点だ。首を吊った妹の仇を討つ直助の慟哭、喜兵衛に犯されたお梅の悲劇、悪逆非道な喜兵衛の卑劣さ、「伊右衛門様は何故幸せにならぬ」と叫びながら鬼女と化す岩の狂気。彼らの情念のおどろおどろしさを重層的に、丹念に描写することによって、著者は奥行きの深い、きわめて現代的な怪談を作りあげている。(中島正敏)
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様々なしがらみや、社会的立場、自我や誇り。
そんなものが入り混じり、すれ違い、最終的には悲劇を招いてしまう
伊右衛門とお岩の不器用で切なく、美しくて哀しい、
そんな二人の恋愛小説です。
京極氏の作品の中で「人間が生きて行くことのせつなさ、やるせなさ」に
ぐっときてしまう方は是非是非是非一度読んでみて下さい。
妻を裏切った悪人 伊右衛門が、実は非常な妻想いの人であり、か弱く恨みに凝り固まった岩も、実は聡明で愛情深い人であった。
自分を殺した亭主を恨んだ妻が、復讐をするといった内容の怪談話から、別の世界へ大きく想像をふくらませ、夫婦間の愛情溢れる物語にした作者の力業には敬服させられます。
「妖怪小説」でデビューした作者が、怪談を題材にした作品だけあって、そういった傾向の作品だと敬遠していた方々にも、是非ともお勧めです。
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