月曜日は、何のために存在するのか?
ヤンマガでこの漫画を読み、スピリッツで『闇金ウシジマくん』を読むためだ!
記憶障害のシラット使い、桜井裕章の奇妙な戦いで幕を開ける19巻。
思えば、この漫画の登場人物の多くは負の記憶を抱え、
ひたすらそれに衝き動かされて作中を彷徨っている
(十兵衛、入江文学、梶原修人、佐川睦夫など)。
そこに現れた記憶障害の男。
だからこそ、かえってその失われた記憶の陰惨さが
予想されるのだが……。
一方、本編の十兵衛 vs. 金田もいよいよ佳境に突入する。
反攻を開始した十兵衛の金剛は、ついに金田を捉える!
しかし……。
金田が立ち上がるのを目に留めてから煉獄初手を放つまでの
十兵衛の内面描写が実に秀逸。
工藤戦で致命的なミスを犯した頭脳は、だからこそ今やありのままを受け入れ、
そのとき一度折れた心は、だからこそ二度と折れない。
卓越した智謀と強固な意志だけが現実の中での勝利を可能にする。
それらを精錬したのは個別具体的で生々しい負の記憶であり、屈辱だった。
十兵衛は、小便を漏らして工藤に命乞いをしたときの記憶を手放さない。
それどころか無極使用時は、この記憶の再生が必要不可欠なのだ。
凡百の少年漫画の主人公は、十兵衛のような怨恨や屈辱感を抱かない。
彼らはただただポジティヴに、前向きに、さわやかに、楽しそうに、敵と戦うだけだ。
この漫画は違う。
結局はお伽話の枠を出ない単なるプラス思考を採る者など一人もいない。
そんなのは少年漫画とビジネス書の中だけで十分だ。
内に永遠に消えない強烈な負の記憶を抱えるがゆえに、
その全力の否定が負に負を乗じたエネルギーとなり、
結果的に正の情念=生への欲望=手段を選ばない勝利への意志が現れる。
この過程から目を逸らすことなく、むしろ真正面から描いていることが、
この漫画を真の意味での大人向け漫画にしていると思う。
とはいえ、こんな理屈はどうでもいい。
読めば必ず激しい興奮に襲われるだろう。
これほど次週が待ち遠しい漫画は、いつ以来だろうか。