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61 人中、50人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
文意がすっと胸に落ちる名訳,
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レビュー対象商品: 善悪の彼岸 (光文社古典新訳文庫) (文庫)
「真理が女であると考えてみては――、どうだろう?」という有名な書き出しで知られる本書は、ニーチェの主著といってもよいだろう。『ツァラトゥストラ』のように詩的に舞い上がることなく、『道徳の系譜学』のような論文様式でもなく、いかにもニーチェらしい鋭いアフォリズム形式で書かれており、どこを読んでもその卓抜な表現に唸らされる。内容的にも、キリスト教道徳、西洋形而上学、西洋近代への批判、通俗的なものと高貴なもの、学問批判、ワーグナー論、女性論、力への意志、超人思想など、ニーチェ哲学の諸要素がバランスよく盛り込まれている。本書を通読すると、ニーチェは20世紀のデリダ等に連なるポストモダン思想家であることがよく分かる。中山氏の新訳は明晰で切れがよく、一読して意味の核心がすっと胸に落ちる。例えば、新約聖書があまり出来のよくないギリシア語で書かれていることを皮肉った§121を、既訳と比べてみよう。「げに意味深いかな――。神が著作家たらんとしたとき、まずギリシア語を学び、しかも平人以上によくは学ばなかった」(竹山道雄訳、新潮文庫)。「神が著作家になろうとしたとき、ギリシア語を学び、――しかも普通より以上によく学ばなければならなかったことは、何とも妙味のあることだ」(木場深定訳、岩波文庫)。「神が物書きになろうとしたとき、ギリシア語を学んだということは味のあることだ。――しかもあまりよく出来なかったということも」(本訳)
36 人中、29人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
善悪を考える入り口にある書,
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レビュー対象商品: 善悪の彼岸 (岩波文庫) (文庫)
もともと“ツァラトゥストラ”の解説書として書かれたというだけあって、この本は分かりやすいです。 なんといっても読むべきは第二、第三章で、ニーチェ思想の入り口として、最低限必要な事はここに書いてあると思います。 第四章では彼の残した見事なアフォリズムを楽しめます。 有名な“怪物と闘う者は、そのため己自身も怪物にならぬよう気をつけるがよい”もここにあります。
しかしながら第五章以降は、果たして読む必要があるのかどうか私にはなんとも言えません。 ニーチェという人はとにかく戦闘的な人で、戦う相手がキリスト教だとかそれに付随する道徳だとかという、強大かつ明確なものである場合、彼の論旨は冴えに冴え、まさに尋常ならざる論理の一斉射撃が発動しますが、“ドイツ人というものは”“イギリス人というものは”“学者というものは”はたまた“女というものは”と、不特定多数を十把一からげにして罵詈雑言を浴びせるとき、読んでいる方としてはなんともやりきれない反発心が胸にわいてくるのを抑えることが出来ません。 一言で言えば“天上天下唯我独尊さん、じゃあ、あんた自分はどうなんだよ!”ということです。 この本の第五章以降はまさにそのような文章が多いのです。 ある意味、こういう文章によって誤解され、彼の本質を理解しない勘違い野郎たち(ナチスとか)に利用される宿命を負ってしまったのではないでしょうか。
34 人中、24人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
この翻訳の読みやすさは編集者が作ったもの?,
By hgonzaemon (兵庫県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 善悪の彼岸 (光文社古典新訳文庫) (文庫)
光文社文庫版『善悪の彼岸』を本屋で立ち読みすると、あまりに読みやすいのでその理由を知るために購入して、その一部分を原文のドイツ語と比べてみた。すると不思議なことがいろいろわかった。
例えば、第1節「真理の価値への問い」の冒頭で<誠実さへの願い>とあるが、「願い」に相当する単語は原文にはない。原文には「誠実さ」(Wahrhaftigkeit)しかないのだ。 また、第53節の最後では die theistische Befriedigung を「有神論的な解決策に満足すること」と訳しているが、Befriedigungは「満足すること」で「解決」という意味はない。実は他の訳書に「解決」としているものがある。すると、この本ではこの二つを足して訳文にしたことになる。 一方、「序」の最後「ドイツ人は火薬を発明した ー 注目、注目!」の「注目、注目!」はAlle Achtung!の訳だが、これが「おみごと」という意味であることは、最近の辞書ならどれでも載っているし、他の訳者はそういう意味に訳している。 また「序」の途中に「アジアとエジプトにかの偉大な建築様式が誕生したのも占星術のおかげ、占星術が『超自然的に』利用されたおかげなのだ。」とあるが、この訳文からは原文にある「要求」(Anspr'chen)という言葉が消えて「利用」に変わっている。 「超自然的」('berirdischen)もおかしくて、これが「あの世」つまり「死後の世界」の事であるのは、エジプトの建築様式がピラミッドであることを思い出せば容易に想像がつく。 その後の「もちろんヨーロッパの人々は、この緊張を緊急事態と感じている」「精神のすべての<緊急>から離れておらず」の「緊急事態」は Notstand の辞書の訳語をそのまま使ったものだろうが、それをずっと引きずったために、精神の緊急などという妙な言葉ができてしまっている。 さらに、第188節、冒頭には m'sste denn が出てくるが、これを「〜する必要がある」と訳している。正しくは「〜の場合は除いて」であることは辞書を引けば分かるし、「道徳がいつものように圧政と非理性を許さないというのであれば話は別であるが」と訳して文脈は理解できる。 ここは他の訳者も全員「〜ねばならない」と誤訳しているところで、この本の訳者の力が特に劣っているわけではない。しかし、この訳者がこれまでの訳者と比べて特に優れているわけではなさそうなのは以上から推測できよう。 おそらくはこの本の訳者はかなり原文に忠実に訳文を作ったのではないか。それに編集者が大胆に手を入れて、読みにくさを解消していったものであろう。その際、訳文の単語を削ったり、訳文にない言葉を加えたり言葉を変えたりして超訳にしていったのだと思われる。 この本は確かに読みやすい。それはよいことだとしても、それが必ずしも原文の意味を正しく伝えているわけではないと考えて良さそうである。 なお、この翻訳で使われている<>は、上手く訳せないが、このまま読んで欲しいほしいという意味の記号で、別に哲学的な意味はない。凡例に書いている訳者による強調などというのはごまかしで、こんなところに、この訳者あるいは編集者の姿勢が表れている。いやあ、ひどい。
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