ミシルがついに己自身に“ケリをつける”エピソードと、
そこからの“新たな始まり”が描かれるシーズン。
善き悪役とは、まさにミシルのことを言うのだろう。
己が消えても、己の思いはまったく消えることがない。
ピダムにソルォンを初めとした“ミシル一派”へ脈々と受け継がれていく。
皆、ミシルの精神を継ごうとし、亡き人への思いにまだまだ応えようとする。
「死せる孔明生けるチュウタツを走らせる」ではないが、死んでもミシルの
影は生き人たちにいつまでもつきまとう。
ほんとうに、筋金いりの“敵役どころ”である。
その影が覆うように、女王として即位した徳曼の周囲も慌しくなる。
ピダムとユシンの関係も、奇妙な亀裂が生じていく。
そして徳曼とピダムの情が変化していく。
一方でユシンと徳曼の絆はまったく変わることが無い。
春秋公は相変わらず成長し続けている。徳曼に政治と人事の現実を教わり続ける。
にしても、徳曼の行動は、けん制に次ぐけん制、人間関係のストレスを周囲にも
自分にも与え、王の業務を“忠実に遂行”していく。
だからこそ、孤独と向き合わなければならない。
第56話、一人静かに涙を流すシーンがあるが、
現代の働く女性・責任感強い仕事を任されてプレッシャーを感じる男性たちに
とっては共感できるシーンではないだろうか。
善徳女王は、この物語だけで、ビジネス・自己啓発書を1冊読みきったくらいの
インスピレーションが与えられる興味深いドラマである。