姉である天明王女との交流、そして衝撃的な死によって、
徳曼王女のある種の精神のマグマがついにはち切れてしまったかの
ような描写がとても印象的なシーズンです。
兄貴分であり、友であり、愛する人に成り得た、
金ユ信との“関係”を固く断ち切り、「覇道を進みます」と
明確に宣言してしまうあたりが現代的であるとも思えますね・・・。
また、それに対する金ユ信の“応え方”も、いっそう、深く濃い愛情を
注ぐかのように男前であり、武の人であり、たくましい騎士
であることを感じさせてくれます。
“女王”となるひとは古今東西こうした「愛と大義」の狭間で
悩むことがどうしても命題になってしまいます。
結局はユ信とのことも、尾をひきますし、その後のピダムとの
関係性でも、こうした「命題」はつきまとってきます。
しかし、そんな課題を、さすがは『大長今』の脚本家が
手がけただけあって、とても“冷静に語ろう”としています。
これまでの関係から次の関係へ移り変わる人の様相・感情の変化の
描き方も上手です。たいへん好感が持てますし、
それこそが韓国でヒットした秘密かもしれません。
韓国においても、男女間で様々な価値観の変化があるのでしょうし、
へたにメロドラマにさせない歴史観の良き捉えかたもあります。
最近日本のドラマや映画では、台詞や演出のはしょりが見え見えになってしまい、
伏線や人物の行動に対し、見る側を「?」にさせてしまうことが多くなっています。
しかし、この辺韓国のドラマはとても丁寧に描きますし、『善徳女王』では随所に見られます。
くどさも時おりありますが、後で思い返せば重要な伏線になっていることさえもある・・・!
だから、人間模様に深みがでる。
人は複雑な生きものであり、簡単に心情や感情が赤から青になることなんてなく、
その想いは深く残るのだということを確認できます。
そうした描写が見られるから、日本でも見る人が増え、「日本より韓国のドラマが
面白い」と言う人も多いのでしょう。
徳曼のあどけない表情もだんだんと消え、覇王になっていきます。
見ていて気持ちよいものでもありつつ、人生に対する緊張感が高まってもいきます。
ストレスを抱えながら生き伸びる術を模索する、現代の人間そのものではないでしょうか。
その辺りの「ドラマ」もぜひしっかり見届けていただきたいです。