倫理学で有名な哲学者大庭健氏による、シンプルかつ丁寧で分かりやすい倫理学入門である。
善と悪。一見自明であるかのように思われるこの二つの概念は、実は定義するのが極めて困難である。大庭はまずこの認識から出発し、善悪の概念と他の諸概念との違いを丹念に解きほぐしてゆく。その過程において善悪と言語の密接な関係が次第に明らかになってゆく。
議論を分かりやすく進めるために大庭はNという独我論的な仮想敵を立てる。このNはニーチェのNを取ったものだと大庭は説明しているが、実は永井のNではないかと疑いたくなるくらい、仮想敵の反道徳的発言は永井均のそれに酷似している。私にとっての善悪と他人にとっての善悪が一致しない場合、善悪の根拠をわれわれはどこに求めればいいのだろうか。
大庭は言う。「私」を世界の外へ追い出すことはできない。あらゆる人間は対他存在である限り「おたがいさま」の地平から外へ出ることはできない。大庭は善よりも悪の方が根源的であるとしながらも「いわれのない悪」を減らすことがすなわち善であると説く。
大庭の倫理学は耳に心地いいことがかえって災いして、挑発的な永井の倫理学に対し劣勢に立たされることが多いようだが、説得力のある優れたものであると思う。独我論者を論駁することなど土台無理なのだから、永井を意識しすぎることなく独自の倫理学を今後も構築し続けてほしいと思う。