現代では「鬱病」は良く話題にされるが「躁病」は余り話題に上らない。本書はその「躁病」について考察する事で人間理解を深めようとするもの。「躁」になると明るく元気になる、と言うイメージがあるので、それを戒めようとするものである。「鬱病」を良く「心の風邪」と喩えるのに対し、著者は「躁病」を「心の脱臼」と形容する。
快調な出だしのようだが、著者の意図が今一つ不明である。恣意的な例を挙げては、あの人は"躁病だった"と述べる。世間的に突飛な行動を取ってしまう人への警戒心を読者に植え付けるためなのか、そうした人への救済策を提案しようとしているのか曖昧なのである。また、「躁病」を「鬱病」よりも重い精神病とし、「躁」が昂じると幻覚妄想の世界になると言う。一般感覚と大分異なる。通常感覚では「躁」になっても、せいぜい競馬で大金をスルとか人前で奇行を演ずる程度であろう。戦場心理、ストーカー、家庭内暴力、これらの原因を全て「躁」に求めるのは、精神科医にとっては活躍の場が増すだろうが、個人的には釈然としない。私は「鬱」の経験があり、少し元気になると、今度は「躁」だと扱われ、困惑した経験がある。
「躁病」の治療に関しては、困難と言うだけで余り筆が割かれていない。一般的に、精神科医は人間心理を分析出来ると、自信過剰の面がある。私は精神科学は人間心理を分析出来る程には進んでいないと思っているので、本書の例示・分析にも信用が置けない。第一、本書の記述姿勢が「躁」気味ではないのか ?