身内集団原理(武士道)と開放個人主義原理(商人道)とが日本にもいつも併存したこと、後者には従業員合議制や集団を超える普遍性があったとの論です。
小生の印象に残った点は以下です。
・リスクを排除するのが前者(武士道)、管理するのが後者(商人道)
見知らぬ人も所属組織に囚われず信頼できるかどうかを見極める。
・前者は人の足を引っ張ることで集団内を制御する。仲間の目が神。
後者は「人にして貰いたいことをせよ」という普遍的な倫理観がある。
・前者は善意の貸し借りに拘り、後者は特定の人との貸し借りに拘らない。(社会全体から返して貰える)
・前者は「誰か得すれば誰か損する」、後者は「参加した皆が得する」が信条。
・お互いの倫理観は、互いに偽善に見える。(例:ボランティア)
両者の倫理観を都合よく混ぜると腐敗が起こる。
・石田梅岩は儒教ベース、近江商人は真宗ベース。
普段の仕事が、宗教行為そのもの。
・近江商人は他国者意識を失わなず、権力と癒着しない。常に敬語と身分によらないサービスを心掛ける。
・前者は「うそも方便」、後者は「正直さ・公正さ・信頼」
真珠湾も、奇襲を事故として装った可能性がある。
・白目がある生き物は人間だけ。戦闘時の不利よりコミュニケーションが有用だった。
・朝鮮に負けて恩賞地が無くなったから、江戸時代が前者を作った。本居宣長が「神がなおざり」として、神頼みを復活させた。これが尊皇攘夷に繋がる。
・平民は外国難破船を平気で救助した。
・明治の際に、武士だけのものだった前者を、国の統治に利用した。これが暴走した。
・「大義名分のためには逸脱があっても許す」が日本の特徴。暴力や不法行為は、結果が良ければ許され、良くなければ現場が罰せられる。ただし、逸脱が大きくなると、大義名分の原理主義に急速に戻る。和魂洋才も「逸脱」として洋才を認めた後、倫理無き財閥に繋がり、農本主義や北一輝思想として国家社会主義という原理主義になった(5.15/2.26事件など)。これではうまくいかないからなおさら原理主義が陰湿になった。軍トップの物資横流し、いらない者からの特攻指名など倫理無き戦争となった。
・ソ連、明治日本、戦後日本を時系列に並べてみると経緯がそっくり。
経済恐慌によりファシズム台頭の可能性がある。
・理想はすぐに実現するものではない。宗教行為のように商人国家を目指そう。前著の疎外(参与権無し)がある市場だけではなく、人と人とのアソシエーションで皆が参加できる開放的な社会を。
網野善彦氏や丸山眞男氏も出てきます。米国の宗教学者ロバート・ベラー「徳川時代の宗教」にも類似した研究が書かれているそうです。ただし、「商人道」と「〜道」が付いていることや、仕事自体が宗教行為となることが気になります。「信じれば救われる」ということを超えるメタがやはり必要なような気もします。