「文法」をもとに、そして「唱歌」を手がかりとして、明治近代化について概観したのが本書である。いわば「お堅い本」である。
明治初期の唱歌教育において歌詞が重視されるのは、歌詞の内容が徳目主義の路線に沿うものだからである。音楽への言及はきわめて稀であった。
「装置」としての唱歌への変質を最も象徴的に表している唱歌が『鉄道唱歌』である。歌詞334番のすべてを大和田建樹が作詞したものである。
「文法」の「唱歌」とは、その歌われるべき内容の「文法」が是とされるまで整備されない限り、決して成立し得なかったものである。
幕末における洋学受容によって本格的にもたらされた「文法」の意味は、きわめて大きかった。日本語に対する認識は「文法」の発見によって、明治近代化の道を歩むに至ったのである。「文法」の内実に対して多くの模索がなされた。その段階に並行していたジャンルが、教科のレベルでは「唱歌」だったのである。
歌詞自体の「俗」から「雅」は歌詞論争で明らかであるが、音楽における「俗」から「雅」はそう単純にはいかなかった。
いずれにせよ、学校という場で成立した「唱歌」は、文法が「学校」文法として成立していったように、必然的に「規範的」な側面を担わざるをえなかった。
「唱歌」は学校で教わったという点で、その「学校」に着目することで、その「装置」の巧みさはうかがい知ることができる。