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多分、澁澤龍彦という人は、常日頃から読書や旅行などの折に、発想が特定の事象に向けられるに及んで、そこから妄想がどんどん広がっていって、白昼夢に入り込んでしまうこともしばしばあったのではないかと思う。彼自身、その妄想世界に生きていたと言ってもいい。
平泉で、著者と金色堂建立者の藤原清衡とのつかの間の邂逅をかいた「金色堂異聞」、安部清明が、花山院の頭痛を治すために前世をさかのぼり、野ざらしのしゃれこうべを弔う「三つの髑髏」、なかでも私が一番心ひかれたのは、「空飛ぶ大納言」だ。成通卿は、蹴鞠が好きでたまらず、おのずとその道にも習熟したためある日3人の鞠の精の訪問を受ける。なんでも願いをかなえてやろうと言う鞠の精に、鞠とひとつになって、少しでも長い間宙に浮かんでいるのが、幼いころからの夢であることをうち明ける。童子たちによると、鞠は夢の果実であり、その中からは常に、夢が放射しているという。その夢の中にどっぷりつかれば、体は浮くようになる。このエピソードが澁澤文学を一番良くあらわしている。自分のためだけに閉じられた澁澤ワールドでは、すべては夢の中のできごとなのだ。そこには現実の生臭い欲望やしがらみは存在せず、美しいもの、珍しいもの、興味を引かれるものだけが意味をもつ。この中で著者は、各種遊戯に秀でていて、人生そのものを遊びとしてとらえていたかのような成通卿を、ジャン・コクトーにみたててが、むしろ、その想像世界の中で、平安朝の宮廷も、古代ローマも自在に行き来し、歴史上の人物と万象を論じる澁澤龍彦こそ、ジャン・コクトーの後継者にふさわしい。
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