私はクリティカルシンキング本そのものに懐疑的である。思考の方法を本で説明されてそれを有効利用できるような人はもともとかなりの程度の思考力がある人であって、クリシン本というのはそういう人がふだん無意識のうちに利用している思考の技法について、文脈を捨象して定式化したものにすぎないからだ。つまり、クリシン本とは批判的思考ができる人が確認のために読んで更なる向上を目指すためのものであって、できない人ができるようになる本でない。そして、本当に必要なのは、批判的思考の習慣がない人(ex.平均的大学生)にも読まれることができ、彼らの思考力を涵養できるような本である。私はそう思う。
しかし、気鋭の哲学者の手になる本書には、一般のクリシン本には回収されない興味深い要素があった。それは、第4章の、価値判断についての議論の紹介である。著者はこの章で、価値判断に関わるテーマの一例として「人生の意義」をとりあげ、それについて合理的に論じるデモンストレーションをしてみせる。世の中には、「人生の意義なんて人によって違うものだから答えなんてないよ」と当たり前のように言う人が(哲学科の学生にさえ)多いが、本章を読めばそれが単なる思考の怠慢だということが分かるだろう。もちろん、そういった議論において事実判断と同じ様なクリアーな答えを出すことは難しいが、そもそも、クリアーな答えが出そうもないことについて執拗に合理的な思考を展開するのが哲学である(少なくとも、哲学と呼ばれている営みのうちの小さくない部分である)。その意味で、価値についての議論を(ひいては哲学を)非合理的なものにならざるをえないと誤解している人に、本書をお勧めしたい。(ただし、著者自身も認めている通り、ここでの著者の議論が「人生の意義」についての議論として充分であるというはわけではない。)