主人公の進藤宏はフリーライターとして生計を立てている中年絵本作家。かつては新進の絵本作家として期待されたが、「ある事件」があってからまったく作品が描けなくなっていた。無為な日々のなか、彼はライターの仕事で、「人生の下り坂」にさしかかった人びとに出会う。事業に失敗したITベンチャー起業家、旬を過ぎたアイドル歌手、年老いたSM嬢やホームレスの夫婦。彼らには共通点があった。それは進藤の幻の出世作「パパといっしょに」を知っていることだった。しかしいまの進藤には、そんな無邪気な過去の作品世界はもう描けなかった。
進藤は彼らとの時間を過ごし、それぞれがそれぞれの流儀で晴れ舞台から退場するのを見届ける。そのたびに、なぜか進藤のなかで新しい絵本を描こうとする意欲が、少しずつわき上がってくる。まるで彼らが進藤の絵本に何かを託したくて、その背中を後押ししていったかのように。そして絵本作家の手元には彼らとの時間の中で生まれたスケッチが数枚残る。
物語のラスト、ひとり夕暮れの公園でスケッチを眺める進藤の姿には、不思議と絶望感や孤独感はまったく見られない。ふとした偶然や仕事で知り合っただけの人びとに、自分自身が励まされていることを感じ取ったからなのだろう。そこには、家族という枠組みを超えた人と人とのつながりが描かれている。重松清の小説世界の裾野がまた大きく広がった。(文月 達) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
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内容は週刊誌のライターで食っている売れない絵本作家が主人公。
これは彼自身の経歴から見ても、経験からそのエッセンスを得ているようにとれる。
ITビジネスの元やり手・落ちめのアイドル・年老いたSM嬢・ホームレスの夫婦と切り口を
かえてはいるが、根底に流れているものはひとつである。
さすが、重松清という一作。
重松ファンは「疾走」よりもきっとこちらの方を好むことでしょう。
前作「疾走」は新分野を探る意欲作であったが、本作は、「重松清が読みたい!」という人には安心して読めるストーリー展開で、その期待を裏切らない。
特に目新しいものはないものの、読んでいる途中にはやはりホロっとさせられ、読後には爽快感の残る作品である。
タイトルが「いかにも泣かせようとしてるなあ。」と疑問をもっていたが、全て読んだ後には、そのタイトルの持つ意味もしっくりとした。秋の夜長におすすめの一冊だと思う。
重松さんらしく人間の内面を巧みに描いた共感の得られる物語で、それだけでも読む価値のある作品です。
しかしそれだけではなく、この物語は重松さんが小説を書き始める時の事をモチーフとした、重松小説の原点を物語った作品だと感じました。
ご存知の方も多いと思いますが、作家を始める前の重松さんはフリーライターとして活躍していて、そのライター時代に重松さんは女性誌で、「ザ・人間」という様々な人間模様を描く連載に携わっていました。重松さんはエッセイ集「セカンドライン」のなか!で、これが僕の小説の原点と語っていて、確かに重松さんの作品は人間模様を描いた作品が数多くあります。
そしてこの物語の主人公の進藤宏も様々な人間と出会い、そこで数々の人間模様を見る。そしてラストにはその人間模様こそ私の新しい絵本であると言っています。
進藤宏を重松清に置き換えてみてください。重松小説の原点が見えてきます。
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