私にとって、初めて出会った「こわくない」ブニュエル作品です。
『昼顔』でも脚へのこだわりが見られましたが、本作は「脚」と「鐘」がキーになっていますね。ブニュエル監督は幼い頃をああした鐘の鳴る町で過ごしたそうです。
前半はトリスターナの感性(「どの柱が好き?」「同じ雪はひとつもないのよ」等)にほのぼのと共感し、後半はトリスターナの気高く意地悪く美しい変貌ぶりに驚嘆しました。
前半のトリスターナも魅力的なのですが、個人的には後半のトリスターナ、まるで谷崎潤一郎『春琴抄』のような驕慢な美しさに惹かれました。
一つの不幸を試練として背負った女性の精神状態として、真に迫るものがあると思います。
(以下、内容・オチに触れます)
ラストシーン、不気味な鐘を含む回想シーンの解釈は、トリスターナは養父への復讐を成し遂げ大きな財産を得た・・と見るべきなのでしょうけれど、どうしても後半の彼女が春琴に見えてしまう私には、トリスターナと同じく、一つの不幸を背負った春琴が、ある種の「心変わり」をし、(それは一般的には「まともになった」「優しくなった」と云われるだろう、喜ばしいはずの変化なのに、)佐助はあくまでも以前のままの主従関係を保ちたがり、だから正式には彼女と結婚しなかった、、、という場面と重なりました。
春琴は死ぬまで佐助に愛され、添われますが、憎み蔑むべき対象としての養父を、結局は手を下す必要もなく喪ったトリスターナ。
彼女が医者を呼ばなかった、「だから」養父が亡くなった、その方が、まだ良かったのでは?・・なんて、思います。このラストでは、彼女のその後の人生は、得た財産ほど豊かなものではけっしてなくて、『昼顔』の主人公のように、どこかで均衡を失うのでは、、、と、危うく感じるのは、私だけでしょうか?