‘91から93年かけて雑誌に発表され、後に単行本されたものを文庫化した作品である。
咬ませ犬と呼ばれたボクサー、公式戦記録もなくブルペン捕手として野球生活から引退しながら中日ドラゴンズの2軍監督になった男、競馬の世界では騎手や調教師などとは違い目立たない存在の厩務員、選手を引退した後も大学の監督として夢を追い続けるラガーマン、尖鋭登山に挑み続ける中年クライマー。
5編の短篇が収められたこの作品の主人公はいずれも一般には全く無名な人物ばかりである。ラグビー選手として有名であった坂田好弘にしても描かれたのは現役時のことではなく、引退後しばらく経ってからであり一般的にはその存在が忘れ去られた頃である。
しかし、彼らは一般的には無名でも、その世界に住む目の肥えた人物にはプロ中のプロと眼に映る人達である。
著者はそんな彼らの姿を、時間を惜しまない丹念な取材で描き出す。著者のどの作品を読んでみても判るのは、彼が「取材のための取材」は行わないということである。主人公となる人物達の日常にそっと近づき雑談を繰り返す。そして、その中からキーとなる言葉を自然に引き出していく。その人物と行動を共にしたりもするのだが、その人物のペースを乱すことなく一歩引いたところから見詰めている。著者には、主人公は取材をして作品を書く自分であるという気負ったところは全く感じられない。その人物のありのままを写し取っていく。
人物を描いたノンフィクション作品には年数が経つと色褪せたように感じるものも少なくないのだが、著者の作品はその対極にある。年月を経ても古さを感じさせなく色褪せることもない。それは著者がその人の“功績”ではなく“人物”を描いているからなのだろう。傑作!!