読みやすい本だけれど、ここで論じられている問題は、非常に重く複雑なものを含んでいる。近代社会の法制度の根本的組み直しを要求するものだとさえ言える。
近年の科学の発展が明らかにしつつある「新しい人間観」そのものは、確かに先行する哲学思想の中にも見られるものだった。しかし基本的には内省にもとづく人間の行動や主観性の分析である限り、それがいかに衝撃的で魅力的で精緻で説得的であっても、法制度設計の根幹の改変に踏み切らせるだけの決定的な力を持つには至らなかった。ところが脳科学に代表される諸科学の研究は、これまでの内省的分析とは段違いの緻密さで人間の行動や主観性の構造を解明しつつある。「理性」だとか「知性」だとか「悟性」だとか「判断力」だとか、人間的主体に関するその他諸々の哲学的概念は、脳科学の知見とつき合せて再検討しない限り、今後素朴な形で用いることは不可能だろう。その過程で、これらの諸概念によって正当性を担保されている法思想・制度もまた、根本的な再検討を求められるはずだ。おそらく鈴木仁志は、少なくとも大筋においてこの見通しに同意するのではないか。
もちろん、責任概念などを統治のためのフィクションと位置づけ、法制度と科学的知見を切り離す見方があることも知らないではない。しかし私の見通しでは、そのような考え方は過渡期における暫定的な回避措置でしかなく、いずれ法思想・制度の組み直しは不可避だと思う。これには「法」から「制御」への転換も含むのであって、裁判が過去志向で、調停が未来志向だという鈴木の主張も、実は既に「法」よりは「制御」に近づいている。
なお再帰性と無限の問題で自然数に言及されているが、この辺りの説明はやや粗雑ではないかと思う。周知のようにペアノの公理は集合論を用いて数を構成していて、再帰性と無限の話ならやっぱりあの論法だろうと思う。文法的な入れ子構造の説明ともマッチするし。