いまちょっとしたブームでもある和算本ですが、本書はこれまでの
ものとは一線を画す1冊ではないかと思います。
多くの和算本は、
「昔の日本人は偉かった。西洋に負けてない、いや勝っていた」か、
「和算の問題を解くと、脳が賢くなりますよ」
のどちらかのタイプが多かったのではないかと思います。
しかし本書はどちらでもなく、江戸時代の数量感覚が現代のそれと
異なるのではないかという新鮮かつ重要なテーマを扱っています。
たとえば、原点としての「0」(ゼロ)の感覚がなかったのではないか
という視点から、目盛りが「1」から始まる例などが挙げられています。
江戸時代の本にすでに鶴亀算はあったのに植木算が見当たらない
理由を、この感覚の違いに拠るものとする議論は注目に値するで
しょう。
また、ふつう江戸時代の算数・算術=和算とくくりがちですが、
この本が示したのは重要な二つの世界の区別です。江戸時代の
庶民は算盤と『塵劫記』の世界に生活していた一方で、和算家
(算道家)は、算木と高次方程式の世界を展開していたのです。
さらに本書が優れているのは、こうした認識を基に、明治時代
から戦後までの算数・数学教育を再検討するための補助線を引
いてくれているところです。
これ以上書くと、本書をこれから読む方の楽しみを奪ってしま
うのでやめておきますが、たとえば分数の導入に悩む小学校の
先生も読んで楽しめるだろうとだけ書いておきます。
このほかにも、下のような知識を得られるので、雑学派にも
魅力たっぷりです。
・「鶴亀算」は、紀元3世紀に中国の算術書で雉と兎で登場し、
日本にも伝わる。
・日本で初めて書物に鶴と亀の問題が載ったのが1815年。
・面積図で解いたのは関孝和の高弟、建部賢弘。鶏と兎の問題
が初めてで、1690年のことであった。
以上、書いてみると、『和算で数に強くなる』というのは、
タイトルとして少々難ありという気もします。むしろ帯にある
「江戸から現代へ算術四〇〇年の旅」
というフレーズの方が、本書をよく表しているかもしれません。