『
和声―理論と実習 (1)』に続く、通称「芸大和声」の第2巻です。本書は《全3巻+
別巻》でひとつの書物であり、1巻から始めなければ意味がなく、また
3巻の最後まで進まなければ到達可能な射程は短いものです。
本書では教程上、第1巻の初めからバス課題のみを実施し、本巻の最終章からソプラノ課題を行うようになっています。一般に、バス課題の実施というのは比較的容易に行えますが、ソプラノ課題については和音が定まっておらず、より多くの実施可能性があるので格段に難しいものです。本巻の章立てでは「ソプラノ課題」ということで全8章のうち1章ですが、その章の実習にはそれ以前の記述内容や知識を総動員する必要があります。巻頭に掲げられているモデル履修プラン(各章ごとに要する大体の授業回数)では全25回中6回の授業があてられていることからも、やはりここが全巻中でも有数の難所であるように思われます。
本書のような音楽理論書や教程書の類については、《独習できるのかどうか》ということがしばしば話題になります。第1巻冒頭に掲げられている「本書の趣旨」では、“和声の授業が本来実技の実習に属すべきものであり、実技の実習は個人指導によらないかぎり充分な成果がみられない”とあります。実習であるならば当然、教師についてレッスンを受けることは必要ということになるでしょう。
ただし、レッスンが必要であるということは、書物の存在や独学独習することの意味まで否定するものではありません。実習が必要とされる他の事柄、例えば楽器の教習などにおいても、《レッスンのときにしか弾かない生徒》というのは最悪であろうことは容易に想像がつくところです。むしろ、文字になっていることはすべて独習するぐらいの勢いでやらなければ、個人指導を受けても成果はあがらないのではないかと思います。
漠然と音楽を聴いたり、自分の作りたいように作るだけならば、わざわざ書物やレッスンなどに依らなくても、いつでもできます。しかしながら、もし《他の人がどう感じるのか》を知りたいのであれば、先人の感性の結晶である理論書や技法書、とりわけ本書のように長い間多くの人によって使われてきた定番教科書に触れることが意味を持ちます。文字になっている和声の書物としては、漸進性や体系性、詳細さの点において本書はやはり優れています。