「卜文・金文」、「孔子」、「詩経」の三章に別け、白川氏の高説が梅原氏を聞き手役として披瀝されるという形式の対談集。聞き手役が梅原氏と言うのは適役の様でいてミスキャスト。編集方針と併せて、白川氏の長年の研究に裏打ちされた斬新かつ自由な論を一定方向に矮小化させる風が見られ企画としては失敗している感がある。
「卜文・金文」は、白川氏の新書「漢字」、「漢字百話」等の内容と重なる部分が多い。それでも、打てば響くように次々と中国文化に関する知見を披露する白川氏の学識には驚かされる。梅原氏の自論や夥しい<注>を省いて、白川氏の見識自体をもっと味わいたかった。私は白川氏の「孔子伝」は未読だったので、「孔子」の章は面白かった。"狂狷"との評も新鮮で、話題も殷周から老荘思想にまで拡がり興味深い。ここまで読んで、私は諸星大二郎氏の中国関連の一連の作品を想い出した。前章には陶淵明、本章には陽虎、屈原が出て来るのだ。「白川vs諸星」対談ならイマジネーションが無限に拡がったかと思うと残念である。「詩経」の章も斬新。体系の説明も美しく、その成立所以を「万葉集」と同一に求める辺り、鋭いと思った。また、単に語の成り立ちの説明だけでなく、端々に詩的センスが感じられる。
白川氏のロマンティシズムと知見に溢れた書。変な細工をせず、白川氏に自由に語って貰う形式にした方が、より古代文化への興味が掻き立てられたと思う。