何度も堀江氏がリツイートして、本書の魅力をアピールしていたので、思わず手に取って読んでしまった。
堀江氏は、マーケティング上手だなと感じる。
で、肝心の書籍の内容だが、目新しさはなかった。思考停止になった人間がいわゆる、見るにたえない魅力のない「オヤジ」になる。思考停止を防ぐために、ネットをフル活用し、情報量を増やせ、受け売りを捨て自分の頭で考えよ、アイデアなんて誰でも考えられる問題は実行できるかどうかだといったことが、本書の骨格になる内容だった。これまでの堀江氏の主張にそった内容だ。
ただ、今回の本書の面白さは、堀江氏が自分の人生を見つめ、自分に何が足りなかったのか、それを問い詰めながら書いている点だ。なぜ、でっちあげの事件で逮捕され、奈落の底に落とされたのか。それはライブドアの側近の部下の裏切りにあったわけだが、それに至る自分自身の人徳の欠乏にも問題があったのではないか。そもそも自分は部下の心をつかもうと努力したり、部下のために何かを奉仕したり、部下の目線に立つ人間ではなかった。いらない部下は切り捨てたし、普段から付き合う人間も自分と同レベルないし学ぶ点がない人間とは付き合わないようにしてきた。必要のない人間まで時間をかけて大切にする理由が自分にはわからないーー。こうしたかなり、自分自身のパーソナルな部分の欠陥を見つめている。
本人はそれを欠陥だとは思っていない、もしくは思いたくないようで、なんとかそれが欠陥ではないことを理由づけようしようとやっけになっているが、私は基本的な人間の感情が欠落している、つまり欠陥だと思う。これは非常に大きな点だ。私の実感としては東大に合格するような筆記試験に強い人間ほど、こうした欠陥を抱えている人間は多い(近年はこうした傾向は発達障害、アスペルガーだと指摘する人もいる)
堀江氏は本当に一生懸命であるし、必死だ。何よりも努力家であり、アイデアマンだけでなく実行力も兼ね備えている。すごいと思う。ただ、そうした優れた能力を持っている反面、ものすごく足りない能力を持っている。その能力とは、「愛情を注がれると幸福だと感じる能力」だ。これは、堀江氏は分かっていないようだが、人類の大半が持っている能力である。
人間にとって幸福とは何か。さまざまあると思うが、大きく2つあると思う。1つは、自己実現し、社会に貢献する中で充実感を得ること。もう1つは、親、親戚、友人、知人から必要とされ、愛されること。この2つが幸福の要素だ。なのに、堀江氏は幸福の1つの要素にはものすごく貪欲だが、もう一方の必要性を理解できない。これは理づめで解決できる問題ではないからこそ、堀江自身も悩んでいるのだろう。
愛情を理解できないから、結婚も、子供も、部下とのコミュニケーションの魅力も、古い友人との交流の魅力も理解ができない。とても悲しいことだ。
だから、私は堀江氏自身が優れた能力を持ち商売上手であるが、ものすごく悲しい一面を持っていると感じた。本書の主題とは全然違うと思うが、そうした点が一番本書を読んで感じた点だ。