川本三郎は、いつもそう言い続ける。
「あの頃は良かった」というようなことを言うと、「それはノスタルジーだ」と揶揄されるが、
川本三郎は常に「ノスタルジー結構!」と胸を張る。
開き直りでなく、彼自身のライフスタイルに一本芯が通っているから、
これがなかなか説得力がある。年寄りの愚痴に聞こえない。
この本も、「昭和」を描き続けた向田邦子の作品をひもとき、
向田邦子が守ろうとしたもの、現代にはなくなったものなどを綴っていく。
ここでいう「昭和」とは、歴史としての昭和ではない。
昭和30年代、急速な経済成長の中、モノも心も、いろいろなものが消えていった。
平成になって、われわれの暮らしから倫理が失われるようになった。
平たくいえば、なんでもありの荒んだ世の中になってしまった。
そんな時代になればなるほど「昭和の子」向田邦子さんの世界が
懐かしく、大事に思えてくる。
倫理といっても決しておおげさなものではない。
みんながしていることでも、自分はしない、と
自分なりの禁止事項を作ることである。
自慢話はしない。恨みごとをいわない……そんな小さなことを心に決めることである。
(あとがき)
向田邦子といえば私にとっては、「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」である。
あのちゃぶ台のある風景に、彼女は徹底してこだわった。
そして今、川本三郎も同じ思いで昭和の時代を振り返る。
便利になることはいいことだが、「過ぎる」と人間がせわしなくなる。
常に何かに追われるように感じられプレッシャーに負けそうになる。
何でもかんでも「昭和30年代はよかった」と川本三郎は言っているのではない。
現代は何かを失ったかもしれない――
それを彼独自の「眼」で、ゆったりと見つめ直している。
肩の力の抜けた、いいエッセイ&評論である。